月の水は飲めるのか?〜栗田工業の挑戦〜

2026年3月31日、宇宙ビジネス入門・交流イベントを開催し、栗田工業株式会社の髙岩敏也氏をゲストに迎え、「月の水は飲めるのか?〜栗田工業の挑戦〜」をテーマにトークセッションをお届けしました。
栗田工業は、水処理薬品・水処理装置・運用サービスを通じて、産業や社会の水課題を解決してきた日本を代表する総合水処理エンジニアリング企業です。近年はその技術を宇宙分野にも展開し、JAXAと共同で国際宇宙ステーション(ISS)における水再生システムの実証を行うなど、宇宙で水を循環利用する技術の開発に取り組んできました。さらに近年は、月面探査企業ispaceと連携し、将来的な月面水インフラの構築に向けた研究開発も進めています。
聞き手は、ABLab代表の伊藤真之。宇宙ビジネス入門者にもわかりやすい形で、地球で培われた水処理技術がどのように宇宙へと広がっているのか、そして月の水をどう活用するのかを丁寧に掘り下げていきました。
当日は会場参加に加え、ABLab 会員向けにオンライン配信も実施。後半の質疑応答では、専門的かつ鋭い質問も相次ぎ、会場全体で宇宙と水というテーマについて考える、非常に熱量の高い時間となりました。
トーク内容のご紹介
「水を究める」企業が宇宙へ
髙岩氏は冒頭、栗田工業の事業を紹介しながら、意外な「身近さ」を伝えてくれました。大手飲料メーカー向けの水処理プラントを長年にわたり手がけているほか、かつては、世界初の流れるプールや日本初の波の出るプールの導入にも携わるなど、先進的な水処理・水利用技術の実績も有しています。
栗田工業の企業理念は「“水”を究め、自然と人間が調和した豊かな環境を創造する」。その理念のもと、 「宇宙で、微小重力で、水を究める」という挑戦が2011年に始まりました。きっかけは、当時の経営層の「宇宙もやろう」という一言。最初は5名ほどの小さなプロジェクトチームからスタートし、現在は多様なバックグラウンドを持つメンバーが参画し、20名弱の体制で活動しています。

積み上げた14年間、ISS実証の実績
栗田工業が宇宙で取り組んできたのは、宇宙ステーション内で発生する水を再生して飲料水として循環させるシステムの実証です。宇宙飛行士の尿を処理し、再び使える水に変えるという仕組みです。
2011年にJAXAとの共同開発を開始し、2019年にISSへ打ち上げ。その後、宇宙飛行士の協力を得ながら約4年半にわたる軌道上実証を行いました。成果として、尿処理システム単体で 85%という高い回収率を達成。微小重力が水処理に与える影響を定量的に把握し、その対応策も見えてきたといいます。近年では、尿だけでなく、宇宙ステーションの空調設備から排出される凝縮水を対象とした水処理システムの開発も進めており、そちらのシステムにおいては98%の水回収率を目指しているとのことです。
「1リットルの水を月面等へ打ち上げるコストは、数億円規模にもなる」という髙岩氏の言葉が、宇宙での水再生技術の重要性をシンプルに示していました。だからこそ、100%に近い回収率を目指すことが絶対条件になる——その現実が会場の聴衆にも届いたようでした。
宇宙ならではの3つの技術課題
軌道上実証を通じて見えてきた課題として、髙岩氏は3つのポイントを挙げました。
1つ目は、微小重力環境への対応です。地上では重力によって水中の気泡は浮力により自然と上方に抜けますが、宇宙ではそうはいきません。気泡の挙動や相分離の制御が地上とは根本的に異なるため、設計や運転条件を一から見直す必要があります。
2つ目は、長期運用への対応です。当初は1〜2年を想定していた実証が、気づけば4年以上に及んでいた。その中で、長期運用ならではの技術課題への対応を重ねることで、長期間にわたる信頼性設計の重要性を改めて認識したといいます。
3つ目は、設計の基本を重視したプロセスの高度化です。軌道上実証を前提とした取り組みを進める中で、基本設計段階における検討の重要性がより明確になりました。現在では、プロジェクトを本格的に始動する前に「本質的な課題は何か」を丁寧に洗い出すプロセスを重視し、その結果を設計に確実に反映させる取り組みが進められているとのことです。

月面の水資源開発という大きな夢
トークはさらに、月面での水資源開発へと展開しました。月の極域には約60億トンの水が存在すると推計されており、レゴリス(月の砂)に含まれる水氷を抽出・処理することで、月面活動を支える水インフラを構築しようという構想です。
栗田工業は、経産省主導のスターダストプログラムや宇宙戦略基金におけるSX研究開発拠点(東京大学との連携)に参画するとともに、自社による月面用小型純水装置の開発を進めています。また、ispaceとパートナーシップを結び、月面インフラ・水資源活用について共同で研究開発を進めています。
「2049年は栗田工業の創業100周年。その年に向け、2030年代に宇宙での水資源開発を事業の柱として確立することを目指している」という言葉から、長期的なコミットメントの大きさが伝わってきました。
会場からは鋭い質問が続出
後半の質疑応答では、会場から多岐にわたる質問が寄せられました。
月面の水資源量が何年分の使用に相当するのかという問いには、使い方次第ではあるものの、循環型で使い続けることが前提という考えが示されました。レゴリスから水を取り出す際の前処理については、産業廃棄物レベルの不純物をいかに除去するかが課題であり、栗田工業はそれらに対する水処理技術の検討を進めているとのこと。
月面インフラで必要となる水素や酸素を精製する電気分解装置に使用される水は飲料水よりもさらに高い純度が求められるという回答も示されました。つまり月面では「飲料水グレード」と「電解用グレード」の水質を分けて管理するシステム設計が必要になるということです。地球の循環型社会への応用可能性という問いに対しては、空気から水を回収する技術への転用など、将来の地球でも役立つ可能性があることを語っていました。

水処理という「インフラ」が、宇宙を拓く
今回のセッションは宇宙ビジネス入門編として企画されたものでしたが、会場にはさまざまな専門知識を持つ参加者も集まり、質疑応答では深い議論が繰り広げられました。それでも、髙岩氏が実体験と率直な言葉で語ることで、宇宙と水というテーマがぐっと身近に感じられる時間になりました。
「水処理というインフラ技術は地球上では身近過ぎるため、誰かがやるだろうと思われがちだが、宇宙という未開拓の領域ではやらないと先に進めない。だからこそ取り組む意味がある」という言葉が印象的でした。宇宙での水処理という地味に見えるテーマが、実は宇宙活動の持続性を支える根幹であることが、このトークを通じてよく伝わってきました。
まとめ
今回のトークセッションでは、地球で75年以上かけて培われた栗田工業の水処理技術が、ISSでの実証を経て、今まさに月面という新たなフロンティアへと展開しつつある姿が語られました。
宇宙での水再生は、単なる技術課題ではなく、宇宙における持続的な人類活動を支えるインフラそのものです。その担い手が、日本の水処理技術の老舗企業であるという事実は、「宇宙は異業種からの参入にこそチャンスがある」という ABLabのビジョンを体現しているとも言えるでしょう。
ABLabとしても、栗田工業と髙岩氏の今後の挑戦を引き続き注目していきたいと思います。

当イベントについて
当イベントは、宇宙ビジネスに関心を持つ人が集う勉強会・交流イベントとして毎月開催しています。宇宙ビジネスの実践コミュニティ「ABLab」が運営し、宇宙の仲間作りを後押ししています。
■タイムテーブル
18:40 開場
19:00 オープニング・交流会
20:00 トークセッション
21:00 再び交流会
22:00 クロージング
■今回のトークセッション
テーマ:月の水は飲めるのか?〜栗田工業の挑戦〜
ゲスト:髙岩 敏也 氏 栗田工業株式会社 イノベーション本部 宇宙水資源開発室 設計課
聞き手:伊藤 真之 一般社団法人ABLab 代表理事
当イベントへの参加方法
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