宇宙天気インタプリタ・キャスタが宇宙天気災害から社会を守る
月刊『技術士』に掲載されました!
月刊『技術士』7月号 特別号 技術士の挑戦特集にABLab宇宙天気プロジェクトの紹介「宇宙天気インタプリタ・キャスタが宇宙天気災害から社会を守る」が掲載されました!日本技術士会の御厚意により,本ブログに記事を掲載させていただきます。本プロジェクトの趣旨に御賛同いただける方,是非,ABLabの扉を叩いてくださいね。 プロジェクトリーダ 玉置 晋
公益社団法人 日本技術士会ホームページ
https://www.engineer.or.jp/
1 はじめに
1.1 宇宙天気
自然による災害に対して人々は,長い年月苦しめられ,科学技術の発達や防災意識の向上により減災に努めてきた。日本国内の自然災害には,防災白書や国土交通白書によると,「水害(洪水,集中豪雨)」,「風害(台風,暴風,竜巻)」,「雪害(雪崩,雪荷重,雹)」,「雷」,「火災(森林火災,地震火災,雷火災)」,「土砂災害(地滑り,土石流,崖崩れ)」,「地震(地盤変動,液状化)」,「津波・高潮」,「火山(噴火,噴石,火山灰,山体崩壊,火砕流,火山泥流)」などがある。今後,これに「宇宙天気」が新たなカテゴリとして加わるように宇宙天気の認知度向上に挑戦している。
宇宙天気は,私達の社会に対して影響を及ぼす宇宙環境の変化をいう[1]。通信,放送,測位,宇宙からのリモートセンシングなど,宇宙の利用が社会の基盤として拡大すればするほど,宇宙天気の社会への影響が大きくなってくる。人工衛星や宇宙飛行士に対する宇宙放射線の影響はもちろんのこと,宇宙天気は地上の生活にも影響を与える。1989年3月に起きた磁気嵐はカナダのケベック州で9時間にも及ぶ大停電を引き起した。送電システムへの影響は地磁気の変化によって長距離に及び,導体に異常な誘導電流が流れること
が原因である。同じ効果は石油パイプラインの劣化を早めるという指摘もある。電離層の擾乱は短波通信の関係で注目されてきたが,昨今新たな問題として,人工衛星を利用した測位技術の誤差原因ともなっている。
1.2 宇宙天気災害
社会が宇宙天気の影響を受けるようになったのは,産業革命以降で,記録されている最大の宇宙天気現象は1859年9月1日に起きた「キャリントン・イベント」と呼ばれている。この時には当時最先端の通信技術であった有線電信の通信線に過電流が流れ,末端の通信所が火事になった他,非常に明るいオーロラが発生し,夜でも野外で新聞を読むことができたという記録が残されている。近年では,2003 年10 月~11月の活発な太陽活動(ハロウィン・イベントと呼ばれている)により,地球周辺のプラズマ環境が悪化した。筆者はハロウィン・イベント発生当時,大学院修士課程の学生だった。学生実験のティーチング・アシスタントとして,大学の屋上から観測していた巨大な太陽黒点から噴出したプラズマの塊がいくつも地球に到来していることは人工衛星の観測データから把握していた。何かが起こるのではないかと不安視していた中で,日本の地球観測衛星「みどりII」で運用異常が発生したという2003年10月25日のニュースから大きな衝撃を受けた。その後,JAXA の人工衛星が軌道上で健全に動作しているか日々評価する軌道上技術評価という業務を担当するようになり,15年従事している。宇宙天気は,軌道上の人工衛星の機器に異常動作を引き起したり,軌道高度を低下させたりする要因となるため,各種の宇宙環境計測データから,人工衛星運用に対する宇宙天気リスクを判断し,衛星オペレータに対して注意喚起を行っている。
1.3 現状の課題と宇宙天気インタプリタ
2003年のハロウィン・イベント以降の宇宙天気は比較的静穏であり,実際に大規模な太陽活動時の運用経験がないオペレータが増えてきている。宇宙天気災害への備えが必要であるという漠然とした認識はあるものの現場の組織的なアクションには至っていない。議論を進めるためには,宇宙天気に精通した人材を増やす必要があると考えていた。2012年7月23日に発生した太陽フレアが,その後の解析でキャリントン・イベント級だった。幸運なことに,太陽フレアは地球に対して太陽の裏側で発生したため,地球への影響はなかったが,あと2週間発生が早ければ,地球への影響も免れず,甚大な被害が発生した可能性がある。現代において,キャリントン・イベント級の太陽フレアが地球を直撃した場合について計算した例がある。それによると欧米など高緯度地域を中心に3,000億ドルほどの被害が想定され,東日本大震災の経済損失(1,000-2,500億ドル)を上回る[2]。米国では, 宇宙天気災害に対して,2015年に宇宙天気戦略及び行動計画がホワイトハウスから発表され,国家的な対策がトップダウンで進められているが,日本で国家的な宇宙天気戦略や行動計画は発表されていない。
日本で宇宙天気災害に警鐘を鳴らしているのは,宇宙天気研究者のコミュニティである。2015年度から2019年度に実施された文部科学省新学術領域「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成(PSTEP)」では,宇宙天気の科学課題を解決すると同時に,将来発生する激甚宇宙天気災害に備える社会基盤の形成を推進することが目的とされた。その成果の一つとして,2020年に情報通信研究機構(NICT)は報告書「科学提言のための宇宙天気現象の社会への影響評価」[3]を発表した。
筆者は,宇宙天気を解釈し,宇宙天気災害から社会を守る人材を増やしていきたいと考えている。宇宙天気ユーザが必要とする情報は,それぞれの立場により異なる。航空宇宙分野であれば,放射線が機器や宇宙飛行士・航空機乗務員・乗客に与える影響,大気抵抗による人工衛星軌道誤差の増加を気にする。電力分野であれば,磁気嵐発生時に地磁気誘導電流が電力網に流れることを恐れる。しかし,これらの影響評価は,高い専門性を要する。社会インフラの運用や私達の生活におけるそれぞれの役割を考慮して,研究者と社会の間で適切なコミュニケーションを図る役割を担う人材が必要である。このような人材を「宇宙天気インタプリタ」と呼称している。宇宙天気インタプリタは宇宙天気の状況を正確に把握し,宇宙天気災害から,企業活動,行政サービス,日常生活を守る人材を指す。筆者はその役割を担う技術士を目指している。
2 宇宙天気キャスタ構想
2.1 ABLab宇宙天気プロジェクト
筆者が所属するABLab 宇宙天気プロジェクトは,宇宙天気インタプリタを普及することをミッションとしている。ABLab(Aerospace Business Laboratory,エイビーラボ)は,コミュニティデザイナの伊藤真之氏が2018年に立ち上げた宇宙ビジネスコミュニティである。そのビジョンは,「地球上の全ての業界を,宇宙産業に巻き込む」ことである。近い将来,様々な企業が宇宙事業への参入を検討する時代がくる。ありとあらゆる業界に,宇宙事業をリードする人材を輩出することを目的としており,メンバが自由に「宇宙×(かける)〇〇」をテーマとした各種プロジェクト活動を行っている。筆者はプロジェクトの一つとして,2020年4月に宇宙天気プロジェクトを立ち上げた。
プロジェクトの立上げに際し,「宇宙天気」の認知度について,ABLabメンバを対象にアンケートをとった(2020年2月,有効回答人数65 名,図1参照)。「宇宙天気を聞いたことがありますか?」という質問に対しては37名(57 %)が聞いたことがないと回答した。「宇宙天気を仕事や生活で使いますか?」という質問に対しては52名(80 %)が使わないと回答した。この結果から,宇宙天気の認知度はあまり高くないといえる。筆者は,宇宙天気とその社会影響について,多くの方に知ってもらう必要があると考えている。その役割を担うのが「宇宙天気キャスタ」である。
2.2 宇宙天気キャスタ
宇宙天気キャスタは,宇宙天気情報を一般の人々に対して正確に解りやすく伝える役割を担う未来の職業である。気象予報士で気象キャスタとして活躍する斉田季実治氏(図2)は,ABLab宇宙天気プロジェクトのプロジェクトマネージャとして,宇宙天気キャスタとなることを目指している。近年,台風や豪雨による大規模な災害が毎年のように発生しているが,1950年代の伊勢湾台風や洞爺丸台風のときのように風水害で一度に数千人の死者がでることはなくなった。その主な要因として,河川堤防や防潮堤などが整備されたことがあるが,天気予報の高度化や気象予報士制度など伝達手段の充実も大きく貢献している。斉田氏は,宇宙利用が急速に進む今,宇宙天気が天気予報の一部として,日常的に気象キャスタが解説する日はそう遠くはないと考える。そのためには,情報のわかりやすさが重要であり,先に発展している天気予報の表現や伝え方を模倣するのが近道だと述べる。
気象庁が発表する気象警報は大雨,洪水,暴風,波浪,高潮,大雪,暴風雪の7項目であり,文字から何が起きるのかをある程度は想像できる。一方でNICT宇宙天気予報センターによる予報は同じ7項目だが,太陽フレア,プロトン現象,地磁気擾乱,放射線帯電子,電離圏嵐,デリンジャー現象,スポラティックE層と,一般の人には馴染みがないものである。宇宙天気キャスタは,これらの情報を社会への影響(GPS障害,電力網,被曝など)をレベル化した表現にし,行動に役立つ情報として発信することが必要になるだろう。また,気象庁では,警報級の現象が5日先までに予想されているときには,その可能性を「早期注意情報(警報級の可能性)」として[高],[中]の2段階で発表している。これによって,早い段階で危機意識を共有し,有事に備えることが可能になった。また,実際にどの程度の危険が迫っているかについて,危険度分布(土砂災害,浸水,洪水)が発表され,ネット環境さえあれば誰でもリアルタイムで自分がいる場所の情報を得ることができる。現在の宇宙天気の予測精度では発表できることに限りがあるが,目指す方向を具体化することで,研究や情報の高度化が進むことを期待したい。また,信頼性の低い予報が世の中に出ることで社会が混乱することがないよう関係機関と慎重に協議する必要があるだろう[1]。
斉田氏のように,現在は地球の天気を伝える気象キャスタが,今後,対象領域を宇宙に拡張し,宇宙天気キャスタが誕生すると予想する。宇宙天気キャスタは地上から宇宙までの天気をシームレスに扱うことから,これを体系的に学べるカリキュラムを検討中である。宇宙天気キャスタの育成カリキュラムは気象予報士試験を参考にしている。表1に地上の天気と宇宙天気の対応分野の例を示す。地上の天気で扱
うのは,高度0 kmから50 kmの対流圏,成層圏,中間圏の大気物理と気象現象(集中豪雨や台風等),気候の変動(地球温暖化等)である。一方,宇宙天気は高度50 kmから高度1億5千万kmの電離圏,磁気圏,惑星間空間,太陽の太陽地球系物理と宇宙天気現象(太陽フレアや磁気嵐等),太陽活動サイクル(約11年のサイクルで極大期と極小期がある)を扱う。スケールと物理現象が異なるのが特徴的である。地上の天気に対する気象業務では気象業務法やその他の気象業務に関する法規が定められているが,宇宙天気では未整備である。また,宇宙天気データの評価,宇宙天気予報,宇宙天気災害,予報精度評価は研究段階なので,最新の研究動向を確認しながら体系化していく。
3 おわりに
宇宙天気は,私達の社会に対して影響を及ぼす宇宙環境の変化をいう。宇宙天気災害の発生が懸念されるが,宇宙天気情報は専門性が高く,認知度は高いとはいえない。筆者は,宇宙天気の状況を正確に把握し,社会インフラを守る「宇宙天気インタプリタ」として機能する技術士を目指している。社会の様々な場所で宇宙天気を解釈する人材がいれば,宇宙天気災害に対して迅速な対応ができると考えている。そして,宇宙天気情報を一般の人々に正確に解りやすく伝える役割を担う「宇宙天気キャスタ」の普及を目指し,ABLab宇宙天気プロジェクトを設立した。プロジェクトでは,地上から宇宙までの天気をシームレスに学べるカリキュラムを検討し,未来の職業である宇宙天気キャスタの育成を目指している。
宇宙天気による社会影響については,研究がはじまったばかりで,様々な分野の専門家の皆様の知見が必要である。一緒に宇宙天気災害から社会を守る仲間になっていただきたい。
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引用文献
[1] 玉置晋,ABLab宇宙天気プロジェクト他:ABLab宇宙天気プロジェクト紹介 宇宙天気キャスタ・宇宙天気インタプリタの普及に向けて,第17回宇宙環境シンポジウム講演論文集,AA2030009001,JAXA-SP-20-007, 宇宙航空研究開発機構,2021 年
[2] 石井守:特集 安心・安全な宇宙利用のために 宇宙天気監視の現状と将来,日本航空宇宙学会誌,vol.64,no12,pp.334-337,2016 年
[3] 情報通信研究機構:科学提言のための宇宙天気現象の社会への影響評価,https://www2.nict.go.jp/spe/benchmark/, 2020 年
投稿者プロフィール
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宇宙天気プロジェクトリーダー。
衛星運用現場の宇宙天気インタプリタ・軌道上技術評価エンジニア。茨城大学で社会人大学院生(宇宙天気防災)。宇宙天気災害から世界を守る仲間を募集中。
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