宇宙で植物は育つのか?

こんにちは、外科医の後藤です。今日は宇宙「医学」とはちょっと違いますが、宇宙での植物栽培の話をしようと思います。

地球で人類が生きていくために欠かせない植物ですが、宇宙空間でもその重要性は変わりません。宇宙での農作物の産生、植物の光合成によるO2発生やCO2吸収など、植物は宇宙でもまた人類生存のために欠くことができない存在なのです。

なぜ宇宙での植物栽培が重要なのか?

地球上空約400㎞を周回している国際宇宙ステーション(International space station: ISS)では、空気・水の一部を再生して運用していますが、食糧はすべて地球からの輸送に頼っているのが現状です。その輸送機が、日本のHII-Bによって打ち上げられる「こうのとり」ですね。しかし、将来的な月面探査や火星などそれ以上の深宇宙探査となると、輸送や備蓄できる食糧にはおのずと限界があり、現地で食料の生産・空気や水の浄化・物質のリサイクルを行うためのシステムが必要です。これらは、宇宙船内や月面基地など、いわば閉鎖環境下で行なうため閉鎖生態系生命維持システム(Controlled Ecological Life Support System: CELSS)といいます。

CELSSでは人間の呼吸により排出されるCO2は植物の光合成で吸収され、その時に発生するO2が呼吸に利用されます。排泄物は酸化されて水とCO2およびその他の無機物に変換されますが、その酸化に必要なO2の供給および発生するCO2の吸収、ヒトに有害なガスや臭気の吸収も植物によって行われます。また、植物からの蒸散水を凝縮して飲用水として利用したり、何より宇宙空間で人間が生鮮野菜を摂取したり生きた植物と接触することは、ストレス緩和や健康維持に大きな役割を果たします。

まとめると、宇宙空間での植物の役割は次の3つです。

  • 食糧を自給する
  • 宇宙空間での物質循環を効率的に行う
  • 人間が植物に接することによる心理的効果

したがってCELSSでは、上記3つを併せ持つ多機能型の植物栽培システムの構築が求められるのです。宇宙での植物栽培の重要性が、お分かりいただけたでしょうか?

人間を中心とした物質循環システムのイメージ図   出展:ELCSS研究会

 

日本の宇宙農業研究の歴史と月面農場構想

日本の宇宙農業研究は30年前に宇宙科学研究所(ISAS)により、火星での有人活動を目指して開始されました。塩分の高い土壌に強い植物の栽培や、低重力でのミツバチの飛行、カイコなど昆虫食のメニューの検討が行われたそうです。CELSSの研究も1980年代後半から開始され、ヒトとヤギ・植物を用いた閉鎖環境実験により95%の自給率を達成するなど、国際的にも高い成果を上げています。これらの宇宙植物栽培実験はシャトルやISS時代にも引き継がれ、微小重力下での植物構造の変化などについて研究が続けられてきました。

さらに近年の日本の宇宙探査計画として、月近傍の宇宙ステーションを建築する深宇宙ゲートウェイ構想があります。2017年よりJAXAは、地上の最先端植物工場技術を導入して月面農場システムを検討しています。これはまさに先ほどのCELSSそのものであり、月面農場のモデルは図のように、栽培エリアと居住エリアは放射線影響を避けるためともに地下に設計されています。長い円筒形のエリアで稲を栽培し、中央に収穫物を集めるよう効率的にデザインされています。

月面農場のイメージ図 出展:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 宇宙探査イノベーションハブ

 

植物の成長に必須なのは水・空気・光ですが、月面では地上と違い光は日光でなく人工光源、空気は湿度・CO2ガス・O2ガスなどを調節します。月面の重力は地球の1/6であるため、通常の水耕栽培では培養液が蒸散したりして困難であるため、地下部はシールして加圧パイプで培養液を土壌に供給するといった方法が考えられています(下図)。

さらにAI、ICT、ロボット化により面積効率の高い栽培をめざし、月面での廃棄物たとえばメタン発酵処理によるたい肥などを用いるリサイクルシステムを生成します。

微小重力下での植物への培養液供給の方法
出展:植物を中心とする閉鎖生態系生命維持システムの構築および関連実験

このようなシステムを形成した結果、栽培できる作物としてイネ・ダイズ・ジャガイモ・サツマイモ・トマト・イチゴ・キュウリ・レタスなどが月面での栽培作物候補に挙がっています。もちろん、食事による栄養バランスを考えるとさらに多様な作物を栽培できるのが理想ですが、まずこれらで人間の3大栄養素を満たすことができると考えられます。

日本は世界トップクラスの植物工場技術をもち、ISSでの植物研究についてもすぐれた成果を多数所持しています。月面や火星での有人探査が現実味を帯びる中、宇宙での植物栽培は非常に重要な開発分野となってくるでしょう。

参考文献

  • 宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 2016
  • 宇宙・医学・栄養学 創刊号 篠原出版新社
  • 植物を中心とする閉鎖生態系生命維持システムの構築および関連実験         東京大学大学院農学生命科学研究科

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
「宇宙に、医療を」目標とする脳神経外科医。医療分野での宇宙ビジネス創出を目指して、日々活動中。最新の宇宙医学研究を、多くの人に分かりやすく伝える発信を行なっている。