宇宙旅行に行くための訓練と健康基準の話

こんにちは、外科医の後藤です。今回は宇宙飛行前の訓練や健康チェックのお話。といってもプロの宇宙飛行士に求められる過酷な訓練や高い身体基準ではなく、今後一般の人たちが宇宙旅行へ行く前に、どんな条件をクリアする必要があるのかについてお話しようと思います。

宇宙旅行ビジネスの動向

数ある宇宙ビジネスの中でも、おそらく最も人々の関心が高い分野がこの宇宙旅行についてだと思われます。「宇宙旅行にはいつ頃行けるようになるの?」「費用はいくらくらいかかるのか?」「健康に不安のある自分でも宇宙に行ける?」などなど、多くの疑問を持たれるでしょう。

2019年12月現在、宇宙旅行分野で世界の先頭を行くのが米国のバージン・ギャラクティック社です。先日飛び込んできたニュースでは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)への一般株式公開を果たし、10月28日から取引を開始したとのこと。すでにイタリア空軍と有人での打ち上げ実験を契約しており、宇宙船のスペースシップ2を2020年にも打ち上げる予定となっています。同社では宇宙旅行のチケットを25万ドル(約2700万円)で販売しており、すでに世界で600人が予約しています。この会社の目指す宇宙旅行は高度100kmの弾道飛行であり、宇宙船内部で無重力(正式には無重量)を体験したり地球を眺めるという数分間の体験をした後、地上に戻るというものです。

弾道宇宙旅行の概要
出展:クラブツーリズム・スペースツアーズHP

 

他にはあのアマゾン創始者であるジェフ・ベゾス氏が設立した宇宙ベンチャー企業、ブルー・オリジン社も同じく弾道飛行による宇宙旅行を目指しており、安全性向上のためテスト飛行を繰り返しています。米国電気自動車大手テスラ・モーターズのCEO、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXは、9月28日に開発中の宇宙船スターシップを公開しました。今回公開されたスターシップの全長は約165フィート(約50m)、直径9mと巨大なもので、最大でなんと100人が搭乗可能です。いずれも完全に再利用可能なロケットであり、打ち上げコストの大幅な削減をはかっています。

Space X社の「スターシップ」 出展:Space X社 HP

 

ブルーオリジン社の「ニューシェパード」 出展:Wikipedia

 

宇宙旅行に行く際に、どんな訓練が必要なのか

それでは値段はさておき、もし宇宙旅行のチケットが手に入ったとして、宇宙に行く際にどのような訓練を受ける必要があるのでしょう?日本の宇宙旅行ベンチャーであるスペース・エアロ社によれば、旅行客の出発前訓練は以下の通りとなっています。

  • 座学での宇宙旅行に必要な知識の学習
  • 実地訓練
  • メディカルチェック

この実地訓練というのが、「パラボリック・フライトと呼ばれる飛行機での無重力体験です。どのようなものかというと、まず下降したのち45度の角度で上昇しながらエンジン出力を調整し、飛行機が自然な放物線を描きながら落ちていくようにします。その間20-30秒間機内は無重力となります。これによって宇宙旅行前に無重力がいかなるものかを実体験できるわけですね。

パラボリック・フライトの概要 出典:エアロスペース社

欧州宇宙機関(ESA)とフランス国立宇宙研究センター(CNES)によるパラボリック飛行実験中に行われた結果では、機内が無重力状態となった時に体液シフトによって身体の中心血圧は増加するものの、血圧や脳血流が増加することはなかったとのことです。どういうことかというと、無重力となって急に脳血流が増えると危険であるため、末梢血管といい手足などの細かい血管が拡張することで末梢の血流を増やし、その分脳血流が制御されていると考えられます。それでもこのパラボリック・フライトでは、急激な重力変化によって嘔吐する訓練者も続出するそうで、決して楽なものではないようです。でも、高いお金を払って宇宙に行っても吐き気で苦しいだけではもったいないですよね。シュミレーションとして、事前にこの訓練を受けておく必要性は高いと思われます。

宇宙旅行へ行くための健康基準とは

高度100kmの弾道飛行での宇宙旅行についての健康基準は、まだはっきりと定まっていません。参考までに、アメリカの航空宇宙医学会より2011年に論文が出ており、その要旨を記載します。「弾道飛行での宇宙旅行は、月周回軌道宇宙旅行と比べて医学的問題点は多くない。軌道宇宙旅行で問題となるような体液シフト、放射線被ばくや地球帰還時の再加速への順応などといった懸念は大きくないが、弾道宇宙飛行での重要な問題は、大気圏脱出時の大きなGからゼロGへの急速な変化であり、その直後に帰還時の減速による大きなGを受けることである。無重力から地球重力への移行は、循環器系(心臓や血液など)や神経前庭系(平衡感覚を司る機能など)への影響を引き起こす可能性があり、その影響はよくわかっていない。」

宇宙飛行士が行うグルグルと回る遠心加速器の訓練や、先のパラボリックフライトでは完全な弾道飛行環境を再現することはできず、結局のところ多くの人が実際に弾道飛行を体験してデータを集めなければわからないとしています。では、健康に少しでも不安のある方は宇宙に行けないのか?それを判断するのが、宇宙飛行士や航空パイロットの健康診断などをしている航空宇宙専門医師と言われています。旅行客の一般的な健康状態をまずチェックしますが、要注意の疾患として下記のようなものが挙げられています。

  • 呼吸器疾患(喘息、急性の呼吸器炎症、結核、肺気腫など)
  • 感染症
  • 耳鼻科疾患(めまい)
  • 脳神経疾患(脳卒中後遺症、てんかんなど)
  • 循環器疾患(狭心症や心筋梗塞の既往、重篤な不整脈、ペースメーカーなど)
  • がんなど悪性腫瘍

しかし健康面が理由で搭乗不能ということが極力ないように、一人ずつ検査のうえ専門医が本人を直接診察して判断していくことになるようです。宇宙旅行が航空機での旅行と同じくらい身近なものとなるであろう近い将来、航空宇宙医師をはじめ宇宙医学の知識をもつメディカルスタッフの需要は大きく高まると予想されます。

宇宙への出発基地、スペース・ポート

スペースポートの想像図 出典:クラブ・ツーリズム社

 

宇宙旅行への空港、ロケットの出発地となるのが、このスペース・ポートです。米国ニューメキシコ州に建造されたスペースポート・アメリカはこのように雄大かつスタイリッュで、まさに近未来を想像させるものですね。日本にもスペースポートジャパンを建設し、来る宇宙旅行時代のアジアでの拠点としようという試みが進んでいます。ここから宇宙旅行客が宇宙船に搭乗して旅立っていくのはもちろん、見送りの方や観光客のために建物内には宇宙開発の歴史館や映画館、アミューズメント施設なども設置した一大宇宙テーマパークとする構想であり、地元にもたらすその経済効果は計り知れないと言われます。

また、旅行客の健康状態をチェックするドクターや医療スタッフもこのスペースポートに常駐し、搭乗前にメディカルチェックを受けて宇宙へと飛び立つというスケジュールが想定されます。もし、自分の住んでいる近くにそんな宇宙への港ができたら?考えただけでワクワクしますね。

参考文献

  • パラボリック飛行時の体及び脳循環動態 宇宙航空環境医学 Vol 51, No, 4, 2014
  • はじめての宇宙旅行 NEKO MOOK 2197
  • スペース・エアロ社 宇宙旅行事前訓練プログラム
  • クラブツーリズム・スペースツアーズ社 HP

 

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
本業は脳神経外科医。日々の臨床に力を注ぐ一方、「宇宙の力で医療を変える」ことを目標に活動中。一般の方向けに、宇宙医学のわかりやすい解説と発信を目指している。

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