宇宙服の話

こんにちは、外科医の後藤です。今日はヒトが宇宙で活動するのになくてはならない、宇宙服について説明します。宇宙服は宇宙空間という環境で活動する人間を守るために、現代科学技術を結集して作られた小型宇宙船とも呼ぶべきものです。宇宙服を着る理由やその驚きの技術、そして最新の機能性・デザイン性に優れた宇宙服についてお話します。

宇宙服の仕組みと役割

まず、根本的なお話ですが人はなぜ宇宙では宇宙服を着なければならないのか。    最も大きな理由は、宇宙は真空状態であり、地上での気圧に相当する圧力が全くかからない空間であるということです。高い山の上など気圧が低い場所では、100℃より低い温度で水が沸騰するという話を聞いたことがありませんか?エベレスト(8848m)の頂上では沸点は71℃まで下がっていますが、宇宙では人間の体液や血液が体温よりはるかに低い温度で沸騰してしまうため、体中の液体が気体となって体が破裂するという恐ろしい事態となります。宇宙服の内部は純酸素で0.3気圧に保たれていますが、これは外部の真空状態(0気圧)との圧較差をできるだけ少なくして宇宙服が過膨脹することを防止しつつ、宇宙服内での高い身体可動性を確保するためです。ただし通常地上の1気圧で生活している人間が急に0.3気圧の環境におかれると、溶けきれなくなった血液中の気体(窒素)が泡となり関節痛や肺塞栓などを引き起こす「減圧症」という状態となり得ます。そのため、船外活動を行う飛行士は宇宙服を着る12時間以上前から純酸素を吸って体内の窒素を追い出し、宇宙船内の気圧も0.7気圧へ減圧してさらに純酸素を吸いながらバイク漕ぎや筋力トレーニングを行い、十分に体内の窒素を追い出したあと0.3気圧の宇宙服を装着するのです。

また、真空状態では呼吸をすることができないため、宇宙服は上部胴体・下部胴体・ヘルメット・グローブから構成される空気がもれない空間を作り出しており、その中に酸素を満たし二酸化炭素を除去することで呼吸を可能にしています。その他にも、船外活動では宇宙放射線が降り注ぎ、小隕石やデブリなどの宇宙ゴミが飛んできたりします。さらに太陽に当たっている時は120℃、当たっていないときには-150℃にもなるため断熱性の高い素材を採用しています。しかし、断熱性が高いと外部の温度が零下でも体温が上昇して汗をかくため、さらに宇宙服内の下着に2℃の水を流すチューブを縫い込んで体表から熱を奪ったり、流量を調節することで体温の変化を防いでいます。

図中の温度は、その場所にとどまると物体がその温度となるということ(宇宙空間の温度ではない)    出展:宇宙服- YAC宇宙少年団

 

まとめると、宇宙空間での生命維持装置である宇宙服の役割は

  • 宇宙の真空状態、熱環境、宇宙放射線やデブリなどから身体を守る
  • 酸素を供給したり、呼吸によって生じる二酸化炭素を除去する

ということになります。あらてめて宇宙服のすごさと重要性が、お分かり頂けましたか?

2019年10月、NASAによる最新の宇宙服の発表

アルテミス計画―NASAが発表した2024年までに再び月面着陸を目指すミッションで、世界初の女性飛行士月面着陸も計画に含まれています。この計画を達成するにあたって、NASAは月面に降り立つための新時代の宇宙服を発表しました。見た目こそこれまでの宇宙服と大きな変わりはないものの、大きく進化を遂げた部分が2つあります。1つは動きやすさと、もう1つは着脱のしやすさです。

アームストロング船長が月面でぴょんぴょん跳ねながら移動していた映像を見たことがあるかもしれせんが、あれは月面の1/6重力のほかに身体に対する宇宙服の制約が大きいため、カンガルージャンプと言われる移動しかできないものでした。          しかし今回、新たな宇宙服では大幅に腕や脚などの可動域が広がったことで、地球上と同じように歩く・しゃがむ・腕を伸ばしてものを手に取るなどの自然な動作が可能となりました。しかも飛行士1人1人に対するオーダーメードであり、身体を3Dスキャンして密着性をチェックするため、フィット感も大幅に向上するとのことです。

もう1つの進化として、背後から着脱可能となったことで従来のように広い空間と多くの人手を必要とする、着脱のわずらわしさがなくなり大幅な時間短縮が得られました。  少し大袈裟にいえば、背中から宇宙服という部屋の中に入るとそのまま宇宙空間に出られるイメージだということです。

公開された新たな宇宙服は2種類で、実際の写真がこちら(下図)。1つは月面での活動時に着用する「xEMU(Exploration Extravehicular Mobility Unit)」で、アポロ計画で使用された宇宙服や、国際宇宙ステーション(ISS)での船外活動で現在使用されている宇宙服をもとに開発されました。真っ白だったアポロ計画当時の宇宙服と比較して、xEMUではアメリカ合衆国カラーの青や赤が目立つ配色となっていますね。

新開発の宇宙服  「xEMU」              出展: NASA/Joel Kowsky

 

一方、スペースシャトルで使用されていた鮮やかなオレンジ色のフライトスーツを進化させた、「OCSS(Orion Crew Survival System)」。シャトル引退後の後継機であるオリオン宇宙船内で使用されるため、オリオンスーツとも呼ばれます。宇宙船内では地上と同じ1気圧に保たれ、地上と同じ服装で生活できますが、打ち上げ時や大気圏再突入時などには大きな重力から身を守るため、内側の圧を調整する機能が備わったこのスーツ(与圧服)を着用します。シャトル時代のスーツと比較して、やはり腕や脚などの可動範囲が広がり動きやすさが改善し、ヘルメットの耐久性や機能強化などがなされています。

新開発の宇宙服 「オリオンスーツ」  出展: NASA/Joel Kowsky

 

新たな宇宙服を発表したNASAのブライデンスタイン長官は、アルテミス計画用宇宙服の製造で民間のパートナーと提携していると述べており、宇宙服を含めたアルテミス計画や宇宙産業全般で民間パートナーの参入を強く求める情勢は変わりないようです。小型の宇宙船ともいわれる宇宙服開発の最大の問題はやはりコストであり、日本でもJAXAの有人宇宙開発部門で機能的な次世代宇宙服開発の研究が行われているようですが、技術的に十分可能でも限られた予算がその達成を難しくしているようです。

宇宙での人類活動、生命維持に直結する宇宙服の開発。もちろん安全性が最優先ですが、ロケット同様に民間の参入による大幅なコストダウンが期待されるところです。    日本人の衣服に対する繊細な技術やデザイン性を生かした宇宙服を着た人間が、月面を歩く姿をいつか見たいですね。

参考

  • 宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 2011
  • 宇宙医学 マキノ出版
  • Tech Church Japan
  • JAXA  見た目に美しい宇宙服の開発をめざして

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
本業は脳神経外科医。日々の臨床に力を注ぐ一方、「宇宙の力で医療を変える」ことを目標に活動中。一般の方向けに、宇宙医学のわかりやすい解説と発信を目指している。

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