THINK SPACE LIFEへの道のり ~Vol.3 終盤戦~

こんにちは、外科医の後藤です。

前回はついに製品アイデアが姿を現したところまでをお話ししましたが、今回はそこから立ちはだかった大きな壁についての話です。

僕らが目指すのは、地上と離れ社会から孤立した閉鎖環境である宇宙生活において、地球自然の風景・音、香りを総合的に体験させることで心身のリラックスを与えるデバイス、という製品コンセプトです。

まず、アイデアの実現化にあたり、市販の小型プロジェクターやファン、アロマなどを買いそろえて実験機となるヘッドホン型のアロマデフューザーを作成するところから始まりました。

その結果、ファンの風では香りが弱かったり、逆にファンの振動が骨に響く感じが気になったりなど、実際に手を動かしてあれこれ試してみることで色々なことが分かってきました。

また、当初はヘッドホン型のデバイスに小型プロジェクターを組合わせて、明瞭な自然映像を投影することを考えていました。

しかし、実際作って試してみるとそのような直接的な情報刺激より、意識せずいつの間にか癒やされているような、 ファジーで空気のように包み込まれる体験のほうが、ISSのような閉鎖空間での癒しにつながるのではないか?という新たな方向性が生まれてきます。

スクリーンではなく窓の向こうの風景のように、ライブハウスではなくカフェのBGMのように、香水ではなくそよ風に乗った木々の香りのような効果を与えるデバイス…そんなイメージをもとに、設計を仕上げていきました。

また、今回のTHINK SPACE LIFEでは宇宙生活に役立つと同時に、地上社会の課題も同時に解決するものが求められています。

現在の新型コロナウイルス感染症によって以前のような外出や人どうしの対面が制限される社会では、孤独やいらつき・不安などを感じやすく、心身の不調を抱える人々が増加していることが大きな社会問題となっています。

ここには、宇宙での閉鎖環境ストレスと強い共通点があると考えました。

たとえば在宅勤務においては生活リズムの乱れやストレス解消困難などの問題、さらに通勤や移動プロセスの消失によって重要な業務に臨むうえでの気持ちの準備や切り替えが難しくなっている事が考えられます。

また、コワーキングスペースなど周囲に人が多い状況や、医療従事者や長距離航空機の乗組員など閉鎖環境で高度な緊張を要する業務において、周囲に遠慮することなく使用できるリラックス製品が必要だと考えました。

これらの問題を解決するカギと考えたのは、「1/f ゆらぎ」という人の生体リズムに一致した自然界の現象です。

川のせせらぎ・波の打ち寄せる音・木洩れ日・焚火などもすべて「1/f ゆらぎ」であり、これが人間のリラックス指標となる脳波検査での「α波」の発生を高めらるという研究報告が多く見られています。

ヘッドホンから1/f ゆらぎを持つ自然の音を提供すると共に、リラックスや集中効果のある香りの放出と吸入口および内部循環システムを設置する。

さらに眼の近くに配置したLEDが1/f ゆらぎで明滅することで、柔らかな光がより自然の感覚に近いリラックス効果を与えます。

これらの自然音・光や香りの放出を、デバイスを装着した飛行士の業務と休憩時間に合わせて内部システムにスケジューリングしておき、ある一定期間の集中が続いたら自然の音や香りが提供されることで、作業を強制中断することなく受動的に自然な形で休息を促すことを考えました。

さらに、日々の変化がないISSでの使用において、朝には小鳥のさえずりや覚醒を促す香り、夜には焚火のような光や入眠しやすい香りなどの日内変化や、春は雪解けの小川、夏は森林のせせらぎ、秋はカラスの声など季節変化を感じさせる内容の工夫も凝らしました。

さてそこから、アイデアデザインおよび簡易設計のち、いざ試作をどのように行うかという問題に直面します。

製品の宇宙向け仕様については、宇宙機器メーカーに勤務するラボ内メンバーに快く協力を頂き、ISS特有の問題点をどうクリアするかや環境試験などの詳細について情報を得ることができました。

しかし、今回のコンセプトでは「地上でも役に立つ」製品が求められるため、宇宙で使われるのみであっては不十分です。

製品の地上展開および量産を検討する段階で、資金や技術面など様々な問題に直面しました。

たとえば本開発にあたり、仕上がりの美しさや量産性を重視して金型の作成を行った場合、膨大なコストが発生する。

反対に3Dプリンタを使用した場合、コストを抑えられるものの量産性や外見の質低下が避けられません。

さらに完成してからの品質検査、法検証、流通などの実際顧客に製品を届けるまでの過程にも大きなマンパワーやコストが必要となる。

製造業の方には当然であるかもしれませんが、製品開発の素人である自分たちにはまったくそのノウハウがありません。

…医療ヘルスケアの宇宙ビジネスアイデアを出すことができても、結局のところ自分たちはそれを実現にうつす手段を持っていない。

長年頭の片隅に引っかかっていた、自分たちのweak pointを突き付けられた思いでした。

やはり、自分たちには無理なのか。アイデアを出すことはできても、現実に宇宙と地上に新たな価値を生み出すことはできないのか…

中心となって開発を進めていたプロジェクトメンバーは、失意の中でもとにかくやれるだけのことをやろうと決めて現実と向き合いました。

開発リソースの少ないベンチャー企業向けの製品開発と量産を請け負う企業とのマッチングサイトを当たったり、自治体の宇宙ビジネス相談窓口にメールを送って相談したり…

しかし、製品開発において何の実績もない自分たちを助けてくれる相手が果たしているだろうか。

しかも、いきなり目標は宇宙向けの製品…ダメ元ではありましたが藁をもつかむ思いで、わずかでも可能性のあることをやり続けました。

そんなある日、一通のメールが自分のもとに届いたのです。

以前相談した、茨城県の科学技術振興課 特区・宇宙プロジェクト推進室からでした。

それは、製品開発の大きなサポートが得られる起死回生のストーリーにつながる幕開けとなったのです。

今回はここまで。

最終回の次回は、ついに完成した製品アイデアを完全公開する予定です。

お楽しみに!

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
「宇宙に、医療を」目標とする脳神経外科医。医療分野での宇宙ビジネス創出を目指して、日々活動中。最新の宇宙医学研究を、多くの人に分かりやすく伝える発信を行なっている。