なぜ気球からロケットを打つのか 〜Rockoon方式が解く日本の課題〜

なぜ気球からロケットを打つのか 〜ロックーン方式が解く日本の課題〜

2026年8月の「宇宙ビジネス入門・交流イベント」では、AstroX株式会社 広報ブランディングマネージャーの柏女霊照氏(以降REISHO氏)をゲストに迎え、「なぜ気球からロケットを打つのか?」をテーマにトークセッションを開催しました。

気球でロケットを成層圏まで運び、そこで点火して宇宙へ。AstroXが開発する「Rockoon(ロックーン)方式」は、ロケットは地上から打ち上げるものだ、という常識を外したところに立っています。その発想の裏には、「日本には打ち上げ手段が足りない」という、宇宙ビジネスに関わる人なら誰もが突き当たる切実な課題がありました。

聞き手は、ABLab代表理事の伊藤真之。「なぜ気球なのか」という素朴な問いから出発し、Rockoon方式の仕組みと意義、そして2026年度中に目指す民間世界初の宇宙空間到達に向けた現在地まで、入門者にもわかる形で掘り下げていきました。

トーク内容のご紹介

まずは自己紹介から ―― AstroXと、鍵となる技術「Rockoon」

トークセッションは、REISHO氏の自己紹介から始まりました。

印象的だったのは、座右の銘として紹介された「人生は短いんだ。テンションの上がらねえことにパワー使っている場合じゃねえ!」という言葉です。漫画『宇宙兄弟』のセリフを引いたもので、会場の多くがすぐにピンときた様子でした。冒頭から投げかけられたこのメッセージは、宇宙に関わろうとする人が集まるこの場に、よく響くものでした。

REISHO氏は、事業会社や広告代理店でキャリアを重ね、前職はfreee。2025年6月にAstroXへ参画し、ちょうど1年が経ったところだといいます。宇宙業界との接点は、2019年から2020年頃にispaceでボランティアとしてプロモーションに関わったことがきっかけだったそうです。

続いて、AstroXという会社の紹介へ。「宇宙開発で “Japan as No.1” を取り戻す」というビジョンを掲げる宇宙ベンチャーで、福島県南相馬市に本社を置き、東京は上野と千葉工業大学にも拠点を持ちます。現在29名の体制で、その8割をエンジニアが占めるとのこと。

なぜ気球からロケットを打つのか 〜ロックーン方式が解く日本の課題〜

そして、その鍵となる技術が「Rockoon(ロックーン)」です。

Rockoonは Rocket と Balloon を組み合わせた言葉。ヘリウムガスを詰めた気球でロケットを成層圏まで運び上げ、そこで空中点火して発射する。ロケットの先端に搭載された人工衛星を、軌道上へ届ける。それがAstroXの描くビジネスモデルです。

REISHO氏が強調したのは、このシステムが3つの要素で成り立っているという点でした。ペイロードを地上から成層圏まで運ぶ「バルーン」、衛星を軌道に運ぶ「ロケット」、そしてロケットの向きを調整する「姿勢制御装置」。この3つが揃ってはじめてRockoonが成立します。

重要となるのが、姿勢制御装置の存在です。空中には支えがないため、何もしなければロケットは回転してしまう。地上の発射台という「当たり前」がない環境で、どう狙った方向を向かせるか。この問いに答えるための装置です。

ロックーンとは

日本の宇宙輸送が抱える課題 ―― 「乗り合いバス」しか選べない

続いて話題は、AstroXが挑む課題そのものへと移ります。

その前に紹介されたのが、創業の経緯でした。代表取締役CEOの小田翔武氏はIT企業を複数創業・売却してきたシリアルアントレプレナー。「これからは宇宙だ」と考えて会社を立ち上げようとしたものの、宇宙のことは分からない。そこでTwitter(現X)で詳しい人に片っ端から声をかけ、出会ったのがハイブリッドロケットの第一人者である千葉工業大学教授の和田豊氏でした。「ビジネスは僕がやるから、技術はあなたが」。この組み合わせからAstroXは始まったといいます。

伊藤も「ABLabの立ち上げのときも、Twitterで、こんなコミュニティを作りたいとつぶやいて、それにいいねと言ってくれた人がいた。それがABLabを一緒に立ち上げた今の理事なんです」と応じ、会場が温まる一幕もありました。

その上でREISHO氏がまず示したのは、需要と供給のギャップです。人工衛星の数は増え続けている。一方で、それを運ぶロケットの打ち上げ回数がまったく足りていない。この構造こそが、日本の宇宙開発における大きなボトルネックだと指摘しました。

「SpaceXが毎日のように打ち上げているのでは?」という一般的な感覚に対しては、「それでも何年待ち」という答えが返ってきます。SpaceXが提供するのは「ライドシェア」、つまり大型ロケットに複数の顧客のペイロードを相乗りさせる方式です。乗り合いバスに乗るようなもので、行き先も日時も自分では選べません。

「衛星の開発が間に合わないから次の便に、と言われると2年後。じゃあそこに間に合わせよう、という進め方になってしまう。行きたい時に行ける状況ではないんです」

この状況に対してAstroXが提供しようとしているのは、「ハイヤー」や「プライベートジェット」のようなものです。顧客が望むタイミングで、望む軌道へ。バイオーダーでの打ち上げを可能にすることが、Rockoonの狙いです。ターゲットは100kg以下の小型衛星となります。

なぜ気球だと、安く、早く打てるのか

Rockoon方式のメリットとして、REISHO氏は3つを挙げました。

1つ目はコストです。ロケットが最もエネルギーを使うのは、濃い大気を切り裂いて上昇する多段式ロケットの一段目の区間。ここを気球で肩代わりすることで、一段目の燃料をまるごとカットできます。ロケットラボが1機あたり約15億円と言われるなか、AstroXは5億円での打ち上げを想定していると語りました。

2つ目は高頻度・即応性です。Rockoonは大規模な射場設備を必要としません。種子島宇宙センターのように「来週はどのロケットが上がる予定で」と順番待ちをする必要がなく、洋上からでも打ち上げられる。「来週までに手配できますよ」と言えることが強みになる、というわけです。

3つ目は顧客にとっての振動要件の緩和です。大気を切り裂く際の激しい衝撃がなくなるため、衛星側が耐えるべき振動条件が楽になります。これは単なる副次効果ではありません。「これまで分厚い構造を考えていたけれど、AstroXで打ち上げるならもう少し薄くできる。そのぶん機能を詰め込める」。衛星を設計する側の自由度が広がるという、顧客価値に直結する話でした。

さらにREISHO氏は、日本という国が持つ地の利にも触れました。東と南が海に開けているため、地球の自転を利用した打ち上げに適しており、万一失敗しても陸地に落ちるリスクが低い。ものづくりの国であることと合わせて、日本には好条件が揃っていると語りました。

弱点は「風」。それを乗りこなすことが技術になる

一方で、デメリットについても率直に語られました。

最大の課題はです。地上から成層圏まで気球で運ぶ以上、その道中は風任せになります。しかも風は、高度によってまったく異なる動きをする。偏西風があり、ジェット気流があり、層ごとに向きも速さも変わります。

では、どう対処するのか。答えは「風と戦う」ではなく「風を使う」でした。気球はガスを抜くなどして高度を変えられるため、狙った方向へ流れる層を選んで乗り換えていく。つまり風を読み、風を利用して目標地点へ向かうこと自体が、AstroXの技術になっているのです。

それでも流されてしまった場合に活躍するのが、姿勢制御装置です。狙っていた軌道からずれた位置に来てしまっても、方位角を制御して発射方向を修正する。「元の狙った場所に戻す」役割を担っています。

もう一つの制約として、大型のペイロードは運べない点も挙げられました。ただし裏を返せば、小型衛星という伸び続けている市場に対しては、むしろ有利に働くポジションだと言えます。

地上から打ち上げるのと、どちらが難しいのか。この問いにREISHO氏は、「どちらも難しいのは当然」と前置きしたうえで、こう答えました。

「僕らは一番大変な第1段階を気球ですっ飛ばせる。そこがミソです。もちろん気球ならではの別の難しさは加わりますが、地上から行くよりはチャンスがあるんじゃないか」

なぜ気球からロケットを打つのか 〜ロックーン方式が解く日本の課題〜

開発の現在地 ―― 単体試験を終え、統合試験フェーズへ

後半は、年度内に予定される本番に向けた進捗の話へと進みました。

2022年5月の創業以降、AstroXは「開発フェーズ」「単体試験フェーズ」を経て、現在は「統合試験フェーズ」に入っています。

単体試験では、バルーン・ロケット・姿勢制御装置をそれぞれ個別に開発・実証してきました。ロケットエンジンの燃焼試験は1kNから5kN、そしてこれから10kNへと段階的に規模を拡大。気球単体の試験や、姿勢制御装置を吊るしてどれだけの風に耐えられるかを見る試験も重ねてきました。

統合フェーズでは、これらを組み合わせます。姿勢制御装置の下にロケットを吊り下げて飛ばし、姿勢制御装置がロケットを正しく制御できるかを検証する。要素技術を「合体させていく」段階です。

直近の試験では、気球を放球するところまで進んだといいます。次のステップは、数ヶ月後を目途に、気球を成層圏まで上げ、そこでロケットに点火するところまでを確認すること。

そして今後のマイルストーンとして示されたのが、次の3段階です。

  • 2026年度中:サブオービタル(弾道飛行)で高度100kmの宇宙空間へ到達
  • 2029年度中:オービタル、すなわち人工衛星の軌道投入
  • 2030年:商用化。その先は量産化へ

本番に向けて現在開発が進められているのが、「FOX2ロケット」です。

一つひとつ検証を積み上げていく姿勢が印象的なパートでした。

会場からは鋭い質問が続出

質疑応答では、会場から実践的かつ専門的な質問が相次ぎました。

どこから気球を上げるのか。 「東側であればどこでも」としつつ、福島県南相馬市で創業した以上は福島県でやりたいという思いがあると語られました。現在はラジオゾンデ(小型の気球)を上げて風の動きを観測し、シミュレーションに反映させながら東北エリアで場所を探しているとのこと。直近の実験地となった岩手県も、その一環です。

気球で打つと、燃料はどれだけ節約できるのか。 具体的なパーセンテージは把握していないとしながらも、「多段式ロケットの一段目の部分を100%カットできる」という説明がありました。そして何より雄弁だったのが、性能差を示す数字です。地上から打ち上げて高度7kmまでしか届かないロケットが、高度25kmの成層圏から打てば理論上100kmまで到達する。10倍以上の差が生まれるという説明に、会場からも納得の声が上がりました。

発射場にはどれだけの広さが必要で、発射後の気球はどうなるのか。 必要な幅は100mほど。気球そのものが100mの長さがあり、滑走路のような場所に横たえた状態からガスを入れて少しずつ立ち上げていくためです。発射後は地上からの指令でロープカッターを作動させ、気球を切り離す。REISHO氏はこれを「魚肉ソーセージのピールテープのようなもの」と表現しました。電気信号でロープが切断されると気球は分離して海上へ落下し、姿勢制御装置とロケットは回収して再利用する。「デブリにはしない方針です」という言葉が添えられました。

どれくらいの重さまで運べるのか。 現在想定しているのは750kg。それを持ち上げる気球は東京ドーム程度、直径にして100mほどの大きさになるといいます。上空では気圧差で気球が膨らみ続け、最終的には破裂してしまうため、その前にロケットを発射しなければなりません。この一連の流れは飛行経路シミュレーションで制御されており、テレメトリーで緯度経度を取得し、漁業者の船長とともに待機したメンバーが回収に向かう——地に足のついたオペレーションも語られました。

なぜ気球からロケットを打つのか 〜ロックーン方式が解く日本の課題〜

「日本にいる自分たちが、日本を元気にできる」

セッションの終盤、REISHO氏からは会場へのメッセージが語られました。

創業の背景にあるのは、強い危機感です。1989年の世界時価総額ランキングでは日本企業が上位を占めていたのに、現在はApple、Microsoftをはじめとするアメリカ企業が並ぶ。ITの世界で起きたことが、宇宙でも起きてしまうのではないか。「SpaceX一人勝ち」と言われる状況を変えたい——それが「宇宙開発で”Japan as No. 1″を取り戻す」というビジョンに込められた思いだといいます。

「イーロン・マスクの本を読んで感動して、起業しようと思う。でもそれって、海外の成功した起業家の本を読んで感化されているわけですよね。そうじゃなくて、日本にいる自分たちが、日本をもっと元気にできると思う。ここから俺らでやれるぜっていう、この集まりの熱量をどんどん伝播させていって、それが宇宙開発につながればいい」

日本にとってポテンシャルがあり、やらなければ将来まずいことになる。けれど勝ち筋もある領域だ、と。

また、AstroXではスポンサープログラムを通じて、共に挑戦するパートナーを募集していることも紹介されました。企業・個人を問わず、応援したいと思った方はぜひ声をかけてほしいとのことです。

まとめ

今回のトークセッションでは、「なぜ気球からロケットを打つのか」という問いを起点に、日本の宇宙輸送が抱える構造的な課題と、それに対するRockoon方式という解が示されました。

打ち上げ手段が足りない。この課題に対して、地上から打ち上げるという常識をいったん外し、最もエネルギーを使う区間を気球で肩代わりする。地上からでは高度7kmまでしか届かないロケットが、成層圏から打てば理論上100kmに届く——この一点に、Rockoonという発想が凝縮されていたように思います。

2026年度中の宇宙空間到達、2029年度の軌道投入、そして2030年の商用化。示されたロードマップは、決して遠い未来の話ではありません。

伊藤はクロージングで、「今日、話を聞いただけで終わらせてしまうのはもったいない。一人ひとりが何かしらアクションにつなげていくことが大事」と語りかけました。ABLabとしても、AstroXの挑戦を引き続き応援していきたいと思います。まずは年度内の打ち上げ成功に向けて。

宇宙ビジネス入門・交流イベントについて

宇宙ビジネス入門・交流イベントは、宇宙ビジネスに関心を持つ人が集う交流イベントです。宇宙ビジネスの実践コミュニティ「ABLab」が運営し、宇宙の仲間作りを支援しています。

■タイムテーブル
18:40 開場
19:00 オープニング・交流会
19:30 トークセッション
20:30 再び交流会
22:00 クロージング

■今回のトークセッション
テーマ:なぜ気球からロケットを打つのか 〜Rockoon方式が解く日本の課題。民間世界初の打上げへ〜
ゲスト:柏女 霊照 氏 AstroX株式会社 広報ブランディングマネージャー
聞き手:伊藤 真之 一般社団法人ABLab 代表理事

宇宙ビジネス入門・交流イベントへの参加方法

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投稿者プロフィール

伊藤 真之
伊藤 真之代表理事
1983年、福島県生まれ。IT業界で約10年マーケティングの経験を積んだ後、ファンブック株式会社を設立し独立。2018年、当時小学1年生の息子と宇宙の勉強を始めたことがきっかけで、宇宙ビジネスの潮流を知り、半年後に宇宙ビジネスコミュニティ「ABLab」を創設。「地球上のすべての業界を、宇宙産業に巻き込む」というビジョンを掲げ、異業種から宇宙に挑戦する人や企業を支援し、事業創出と人材輩出に取り組む。