異業種から狙う宇宙戦略基金 〜あなたの会社の技術、宇宙で使えるかも?〜

2026年7月の「宇宙ビジネス入門・交流イベント」は、株式会社スペースデータが運営するシンギュラボとの共催で開催。JAXA宇宙戦略基金事業部 ゼネラルプロデューサーの鈴木裕介氏、佐々木宏氏をゲストにお迎えし、「異業種から狙う宇宙戦略基金 〜あなたの会社の技術、宇宙で使えるかも?〜」をテーマにトークセッションを開催しました。
国が総額1兆円規模で進める「宇宙戦略基金」。そのなかには、地上の技術を宇宙へ転用する挑戦を後押しし、宇宙以外の異業種プレーヤーの参入を広げるプログラム「SX-ARK」があり、第3期の公募が2026年8月下旬に始まる予定です。今回はその制度の中身と、応募を考えるうえでのポイントを、制度を運営する当事者から直接うかがいました。
ゲストのお二人は、いずれもJAXAで長く技術開発の現場に立ってきた方々です。鈴木氏は約20年にわたり国産ロケットH-IIAの開発に携わり、その後ISSへの補給機「こうのとり」の開発を佐々木氏とともに担当。佐々木氏は再突入機や補給機などの輸送系を中心に18年間従事し、有人宇宙技術部の理事を経て、2年前から宇宙戦略基金のゼネラルプロデューサーを務めています。
聞き手は、ABLab代表理事の伊藤真之。宇宙ビジネス入門者にもわかりやすい形で、「そもそも宇宙戦略基金とは何か」から「非宇宙企業にどんなチャンスがあるのか」まで、対談形式で丁寧に掘り下げていきました。
当日は東京・日本橋のX-NIHONBASHI TOWERでの会場開催に加え、オンライン配信も実施。異業種企業によるピッチも行われました。

なお、イベントで使用した講義資料は、ABLab会員限定で後からでもダウンロードいただけます。
トーク内容のご紹介
なぜ「国から直接」ではなく、JAXAが間に入るのか
まず共有されたのは、宇宙戦略基金の基本的な枠組みです。総額1兆円規模、そして最大10年間という長期資金であること。年度内に使い切る必要のある一般的な助成金とは異なり、腰を据えて技術開発に取り組めることが大きな特徴です。
そのうえで印象的だったのが、「国から直接企業へ」ではなく、JAXAが選定と支援を担うという設計です。佐々木氏は、この点にこそ基金の本質があると語りました。審査そのものは外部の有識者チームが行いますが、採択後はJAXAが蓄積してきた知見を提供し、宇宙の経験がない企業でも技術開発を進められるよう伴走支援を行う。省庁が直接支援する場合、採択後の技術的なサポートは難しくなりますが、研究開発法人であるJAXAだからこそ、成果を引き上げるための関与ができる、という説明でした。
お金だけでなく、宇宙開発の知見とアドバイスがセットで得られる。異業種から参入する企業にとって、これは資金以上に価値のある部分かもしれません。

「共同研究」とは何が違うのか
JAXAとの共同研究はこれまでもありました。では、宇宙戦略基金は何が違うのでしょうか。
佐々木氏によれば、共同研究では対等な関係のもと、JAXA側が要求仕様を設定するケースがほとんどでした。一方、宇宙戦略基金では主体はあくまで提案者・事業者です。企業が「こういうビジネスをしたい」「こういう成果を上げたい」という目標に基づいて自ら要求仕様を作り、JAXAはそれに伴走してアドバイスや調査を行う。主役が入れ替わっている、というわけです。
鈴木氏はもう一つの違いとして、動く金額の桁を挙げました。共同研究では数百万円から1,000万円程度が中心であるのに対し、宇宙戦略基金は最も小規模なSX-ARKでも1件2億円。この規模だからこそ、民間企業が本格的なビジネス展開を見据えた提案ができる、と語りました。
意外な採択事例として鈴木氏が挙げたのは、日本郵船によるロケットの洋上回収です。船舶の技術はJAXAが持っていなかった領域であり、そうした企業が選ばれたことに個人的にインパクトを受けた、と率直に振り返っていました。
ステージゲートは「関門」ではなく「伴走の節目」
採択されれば全額が確実に支払われるわけではなく、途中に「ステージゲート」と呼ばれる審査があります。この仕組みについて、佐々木氏はネガティブに捉える必要はないと説明しました。
長期の技術開発において区切りのよいところで進捗を確認し、目標に対する到達度や計画の進み具合を審査する。その過程で、JAXA以外のさまざまな審査員からの助言も得られます。結果として中止となるケースもありますが、逆に進捗が良ければ「加速」のための追加予算がつく可能性もある。プラスとマイナスの両方を見極める場だ、というのが佐々木氏の説明でした。鈴木氏は、審査では技術的な観点だけでなく、ビジネスとしての展開準備が進んでいるかという事業的な観点も見られると補足しました。
なお、オンライン参加者からの質問で挙がった「人件費の扱い」については、基金から支払い可能とのこと。特に大学では、研究員の費用をすべて基金で賄っているケースも多いそうです。

数字で見る採択実績 ─ 倍率はおよそ3倍
運営体制についても具体的な話がありました。プログラムディレクター(PD)の下に、輸送・衛星・科学探査といった領域ごとにプログラムオフィサー(PO)が置かれ、そのPOが座長となって外部有識者7〜10名程度でテーマごとの審査会を構成します。基金全体では審査員が100名以上いるとのこと。伴走支援側は、ゼネラルプロデューサーが約10名、その下にプロデューサー、さらに各部門からファシリテーションエンジニアと呼ばれる技術専門家がアサインされる体制です。
採択実績は、第1期が130件の応募に対して52件、第2期が336件の応募に対して112件。倍率にしておよそ3倍という数字に、「意外とチャンスがありそう」という声が会場からも上がりました。
SX-ARKとは ─ 小口・多数で、異業種の技術を掘り起こす
本題のSX-ARKは、異業種の技術を発掘し、初期検証のための技術実証資金を提供するプログラムです。1件あたり上限2億円を全額支援し、小口で多数を採択するという設計になっています。
第2期は100億円の予算で31件を採択。第3期も同じく100億円規模が予定されています。採択予定件数は20〜40件程度、支援期間は最長3年程度、補助率は10割、ステージゲートは2年目を目途に実施されます。1件あたりの上限は2億円ですが、提案内容の特性によっては例外的に総額5億円程度を上限とした支援も可能とされています。目標として掲げられているのは、2030年度までを目途に、採択企業のなかから10件以上の非宇宙分野のプレーヤーが宇宙分野へ新規参入すること、そして70%以上がTRL4〜5相当のコンセプト実証等を完了することです。
注目すべきは、第2期の31件のうち13件が非宇宙企業からの採択だったという点です。鈴木氏は「非宇宙企業に大きなチャンスがある」と述べ、非宇宙企業からの新規参入を目標として設定している以上、JAXAとしてもしっかりサポートしていくと語りました。
技術成熟度についても具体的な説明がありました。想定されているのはTRL4〜5。エンジニアリングモデルを製作し、使われる環境を想定して地上で検証するところまでで構いません。実際に宇宙へ飛ばす必要はなく、ハードルはかなり低い、というのが鈴木氏の見解でした。
【補足】TRL(技術成熟度レベル)とは
TRL(Technology Readiness Level)は、その技術がどこまで実用に近づいているかを1〜9の9段階で表す、NASA発祥の共通のものさしです。おおむね、TRL1〜3が基礎研究から原理の実証まで、TRL4〜5が構成要素を組み上げて研究室や実環境に近い条件で検証する段階、TRL6〜7が実機に近いモデルを実環境(宇宙なら軌道上)で実証する段階、TRL8〜9が実運用での完成を意味します。
つまりSX-ARKが求めるTRL4〜5は、「試作品を作って、宇宙で使われる環境を模した条件で地上試験し、動くことを確かめる」あたり。ロケットで打ち上げて軌道上で実証する(TRL6以上)ところまでは求められていません。

第3期のテーマは「構造と材料」「環境と生存」
第3期で対象となるのは2領域です。なお、第3期の正式なテーマ名は「SX基盤領域発展研究」で、SX-ARKはこのシリーズ全体を指す名称にあたります。
「構造と材料」は、ロケットから衛星、月面機器まで幅広く対象とします。課題例として挙げられたのは、ロケット段間・フェアリング分離、高エントロピー合金、半導体材料など。軽量化は宇宙で常に求められるテーマですが、それだけでなく、熱的な課題、軽くて強い材料、表面劣化の抑制、AIを使った合金設計といった切り口もあります。放射線耐性は宇宙利用において常につきまとう課題だ、と鈴木氏は述べました。
「環境と生存」は、月面や宇宙空間で人が生きることに関わる領域です。注目テーマは大きく3つ。まず衛生管理・消毒で、閉鎖空間の細菌・真菌の効率的な除去、衣類の洗浄や消毒液の自給、微小重力下での医療器具の滅菌などが含まれます。次にエネルギーマネジメント(月面の粉塵や激しい温度変化から発電設備を守り、効率低下を防ぐ)、そして食事と調理(長期ミッションの「メニュー疲労」の解消、限られた環境での生鮮野菜の安定栽培)。一般の人が宇宙に行く時代を見据えれば、QOLの向上は避けて通れないテーマになります。
佐々木氏は、この領域がJAXAにとってももともとロケットと衛星が中心だったため技術蓄積の少ない分野であると認めたうえで、だからこそ異業種にチャンスがあると語りました。月面には地面があり、人がいる宇宙ステーションも地上に近い環境です。宇宙に馴染みのなかった企業ほど参加しやすい分野だ、という指摘は多くの参加者にとって示唆に富むものでした。
採択の決め手と、応募に向けた準備
非宇宙企業が採択される決め手について、鈴木氏は「先端的で斬新なアイデア」「革新性・新規性」がベースにあり、そのうえでTRL4〜5まで引き上げられる実現可能な計画であることが重要だと説明しました。佐々木氏は、公募要領において実効性と優位性・新規性・独自性が評点として明示されており、審査員はまずそこを見ると補足しています。
準備については、まず実施方針をよく読み、自社の技術がそこに書かれた課題に使えるかをイメージして提案にまとめること。単独で提案が成立しない場合は、他社と組んで連携提案することも可能です。

会場からは鋭い質問が続出
後半の質疑応答では、実務に踏み込んだ質問が次々と寄せられました。
「自社だけでは足りない場合、応募者同士のマッチングを支援してもらえないか」という問いに対して、佐々木氏は、提案内容は秘密として厳格に管理しているため事前のマッチング支援はできないと回答。ただし採択後は内容が公表されるため、採択者同士での連携は可能だと説明しました。
「年間30発の打ち上げは軌道ロケットに限るのか」という質問には、鈴木氏が軌道投入を想定していると答え、佐々木氏が、種子島と内之浦だけでは能力が足りないため、大樹町や串本町、さらには洋上打ち上げなど複数のオプションを広げて実現していく計画だと補足しました。
「材料・構造の技術を持っていても、宇宙側のユーザーを見つけるのが難しい」という声もありました。これに対しては、実施方針に想定課題が記載されており、公募要領ではより具体的な例示も加えられるとの回答。加えて、ワークショップなどのマッチングイベントでコネクションを取ることが早道だ、というアドバイスがありました。
また、人材育成やエンタメ・芸術分野への支援を問う質問に対しては、SX-ARKと並行して「SX-CRANE」で人材育成拠点の公募が行われること、SX-CRANEには領域の制限がないため、そうした提案も検討し得ることが示されました。公募スケジュールは、SX-CRANEが7月下旬、SX-ARKが8月下旬の開始予定で、応募期間はそれぞれ1.5〜2ヶ月程度とのことです。
「フロンティアからインフラへ」という転換点
セッションの最後に、お二人からメッセージが寄せられました。
鈴木氏は、宇宙がフロンティアからインフラへと変わりつつある時代であり、基金が動いているいまが絶好の参入機会だと語りました。難しく考えずに、まず応募を検討してほしい、と。
佐々木氏は、これからは宇宙機関ではなく大学や企業が主体となる時代であり、宇宙戦略基金はそのきっかけになるものだと述べ、常にチャレンジしてほしいと参加者に呼びかけました。
異業種企業によるピッチ
トークセッションに続いて、宇宙への転用が期待できる技術を持つ企業によるピッチが行われました。
宇宙における衛生管理 次亜塩素酸水による除菌・消臭技術
ニプロ株式会社 医薬事業部 事業開発本部 事業開発部
橋川 大介 氏
橋川氏からは、次亜塩素酸水による除菌・消臭技術が紹介されました。不純物を極限まで除去した生成次亜塩素酸水は、1年以上の安定性、水道水以下の腐食性、低刺激性を実現しているとのこと。宇宙で使われている塩化ベンザルコニウムと比べて広い除菌スペクトルを持ち、特に真菌(カビ)への効果が示されました。アンモニアに対する消臭効果も確認されており、宇宙ステーションの空気循環系への組み込み可能性について、佐々木氏から具体的な示唆もありました。鈴木氏は「宇宙ステーションですぐに使える印象を持った」と評価し、橋川氏からは、実用化に向けては船内の全材質に対する腐食性評価が課題になり得るという返答がありました。
宇宙時代に必要となる「細胞を若返らせる技術」
株式会社LIVIUS JAPAN COO
大谷 慶仁 氏
大谷氏からは、細胞を若返らせる技術の発表がありました。老化に関わる疾患に共通する原因として細胞の老化・機能低下とDNA損傷の蓄積を挙げ、マイクロRNAを応用した細胞リプログラミングとDNA修復技術を開発しているとのこと。宇宙飛行士の双子研究の論文を引用しながら、長期の宇宙滞在では遺伝子発現の変化やDNA損傷が課題になることを示し、出発前の予防・滞在中の治療・帰還後のアフターケアという3段階のアプローチを提案しました。DNA配列を変えずに遺伝子のオン・オフを切り替えるエピジェネティックな手法であること、サプリメントのような形での投与を目指していることが説明され、鈴木氏からは「環境と生存」での応募に期待する声が上がりました。
宇宙服のIoT化
Amateras Space株式会社 代表取締役
蓮見 大聖 氏
当日の飛び入り参加として、ABLab会員でもあるAmateras Space株式会社の蓮見大聖氏からも発表が行われました。宇宙服のIoT化に関する自社事業についてです。月面ローバーに搭載する形で宇宙飛行士の健康管理を支援するテックウェアの開発を目指し、将来的には国産宇宙服との連携を視野に入れているとのこと。通信ラグのある月面や火星では、バイタルデータをリアルタイムで自動判断し行動変容につなげる仕組みが必要になります。CO2濃度や心理的な負荷といった背景要因まで含めた総合的な判断システムという構想に対し、佐々木氏は、バイタルデータの取得はEVAスーツに限らずローバーでも重要であり、最大の課題は小型化だと回答。EVAスーツについては、レゴリスが付きにくい素材や、船外から船内へそのまま入れる外付け設計への期待も語られました。
まとめ
今回のトークセッションで繰り返し語られたのは、「宇宙の技術は、もともと地上の技術だった」という事実です。ロケットや衛星を支える技術の多くは、地上で磨かれた技術が宇宙へ転用されて生まれてきました。SX-ARKは、その流れを制度として加速させようという試みです。
倍率はおよそ3倍、TRL4〜5の地上検証まででよく、人件費も全額支援の対象になる。そして第2期では採択31件のうち13件が非宇宙企業でした。「うちの技術は宇宙とは関係ない」という思い込みこそが、実は最大の参入障壁なのかもしれません。
第3期の公募は2026年8月下旬に開始予定です。「構造と材料」「環境と生存」という2領域は、素材、機械、医療、食品、エネルギーなど、実に幅広い業種に接点があります。この記事を読んで少しでも心当たりのある方は、まず実施方針に目を通してみてはいかがでしょうか。ABLabとしても、異業種から宇宙に挑戦する方々を引き続き応援していきます。

宇宙ビジネス入門・交流イベントについて
宇宙ビジネス入門・交流イベントは、宇宙ビジネスに関心を持つ人が集う交流イベントです。宇宙ビジネスの実践コミュニティ「ABLab」が運営し、宇宙の仲間作りを支援しています。
■タイムテーブル
18:40 開場・受付
19:00 オープニング・交流
19:30 トークセッション
20:30 異業種企業によるピッチ
21:00 交流
22:00 クロージング
■今回のトークセッション
テーマ:異業種から狙う宇宙戦略基金 〜あなたの会社の技術、宇宙で使えるかも?〜
ゲスト:鈴木 裕介 氏、佐々木 宏 氏 JAXA宇宙戦略基金事業部 ゼネラルプロデューサー
聞き手:伊藤 真之 一般社団法人ABLab 代表理事
■開催概要
日時:2026年7月23日(木)19:00〜22:00
会場:X-NIHONBASHI TOWER(東京都中央区日本橋室町2-1-1 日本橋三井タワー7階)
主催:一般社団法人ABLab × シンギュラボ(共催)
後援:一般社団法人 Space Medical Accelerator
宇宙ビジネス入門・交流イベントへの参加方法
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投稿者プロフィール

- 代表理事
- 1983年、福島県生まれ。IT業界で約10年マーケティングの経験を積んだ後、ファンブック株式会社を設立し独立。2018年、当時小学1年生の息子と宇宙の勉強を始めたことがきっかけで、宇宙ビジネスの潮流を知り、半年後に宇宙ビジネスコミュニティ「ABLab」を創設。「地球上のすべての業界を、宇宙産業に巻き込む」というビジョンを掲げ、異業種から宇宙に挑戦する人や企業を支援し、事業創出と人材輩出に取り組む。
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