宇宙での微生物と感染症の話

こんにちは、外科医の後藤です。今日は宇宙空間での細菌やウイルスなどの微生物や、人間の免疫力についてのお話。宇宙で感染症にかかる可能性は高いのか、微生物に対してはどのような対策がなされているのかについて説明します。

宇宙では、ヒトの免疫力は低下する

生体の防御システムである免疫機能は、環境変化やストレスに様々な影響を受けています。人が宇宙に滞在すると、地上にはない微小重力・宇宙放射線などの環境変化や、危険に対する恐怖や閉所ストレスなどの精神的ストレスを経験します。この宇宙滞在による環境変化やストレスが、免疫機能を低下させることがこれまでにヒトや実験動物を用いた研究で報告されてきました。

微小重力では筋肉や骨への負荷が減少しますが、B細胞などの免疫細胞が分化する骨髄という組織に影響を与える可能性があります。宇宙放射線は、増殖が盛んな骨髄細胞や免疫系細胞に容易に障害を与えます。宇宙への打ち上げや着陸における緊張感や恐怖感などの急性ストレスは生体防御のため免疫系を亢進するとされますが、宇宙滞在による慢性ストレスはコルチコステロイドのようなストレスホルモンを増加させ、免疫系の調節不全を引き起こします。

2019年12月、理化学研究所らのチームは、微小重力環境により免疫に関わるTリンパ球を産生する「胸腺」という組織が萎縮すること、人工重力負荷によりその萎縮は軽減されることなどを報告しました。この研究は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で12匹のマウスを35日間滞在させ、6匹は無重力環境、残りの6匹はISS内の人工的な1G環境で飼育して、微小重力環境がマウスの胸腺へどのように影響するのかを調べたものです。結果は微小重力環境で飼育したマウスの胸腺は萎縮しますが、ISS内で人工的に地上と同じ1Gを負荷すると、胸腺萎縮はかなり軽減されることが分かりました。また、各マウスの胸腺内で発現する遺伝子を解析した結果、微小重力で飼育したマウスの胸腺では、地上で飼育したマウスと比較して細胞増殖に関わる遺伝子が有意に減少したことが分かりました。このことから、微小重力環境では胸腺細胞の増殖が抑制され、胸腺萎縮が起きると考えられます。

国際宇宙ステーションで飼育したマウスの解析 出展:理化学研究所

 

以上はマウスの実験ですが、人ではどうでしょうか。実は、宇宙滞在中およびその前後に採取した宇宙飛行士の血液を用いた研究でも、胸腺で新たに産生したTリンパ球の割合が宇宙滞在後に減少することが分かっています。宇宙滞在により、生体防御に重要な免疫機能が低下して潜在状態のヘルペスウイルス、Epstein Barrウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルスが活性化すると報告されています。これにより発熱や全身倦怠感、皮膚の腫れ・水疱・かゆみといった症状が出現し全身状態は不良となるため、今後の長期宇宙滞在に向けて対策は急務となっています。

宇宙居住区内の微生物

宇宙居住において、細菌やウイルスを含めた微生物は宿主であるヒトと共に移動します。これはISSなど宇宙居住区内と類似の環境である南極基地や、医薬品を製造するバイオクリーンルームでも同様です。これらの環境下では、厳密な消毒管理や持続的空気清浄によって微生物の存在を極めて少なく管理していますが、一部の環境では衛生的に制御することがかなり困難です。例えばISSのトイレやダイニングエリア、運動器具には微生物が集積しますし、宇宙飛行士自身や彼らの食べ物、その廃棄物にも当然広く微生物が存在していて、完全な清掃は不可能です。

大阪大学らのチームがJAXAと共同で、ISSにおける微生物と宇宙飛行士の「皮膚常在菌」のモニタリングを実施した結果、マラセチアというヒトの皮脂を栄養源とする微生物が増加していることが分かりました。宇宙では入浴できないため宇宙飛行士は体をウェットタオルなどで拭くのですが、結果として皮脂が増えることが考えられます。また、「きぼう」の機器などの表面を対象とした細菌などの微生物を解析した結果、機器表面や空調設備のフィルターに存在する細菌の大部分がヒトの皮膚や腸内に常在する細菌であり、すなわち宇宙飛行士由来のものであることなどが分かりました。その量は地上の居室と比較して1/10程度であり、「きぼう」は適切な衛生管理がなされていると考えられますが、少量ながら日和見真菌症の原因菌や、カビ毒産生菌が含まれていることも分かり、免疫力低下した飛行士への健康被害を防止する必要があります。

NASAによるISS内の環境微生物をカタログ化する研究(Microbial Trackig-1: MT-1)、ヒト病原体を解析する研究(MT-2)では、フライトが進むにつれて細菌群の多様性は増加し、腸内細菌および抗菌薬に対する耐性遺伝子の割合が増加したことが示されました。これらの研究結果は、宇宙居住環境における有害な微生物の管理するための技術開発に役立つものと考えられ、宇宙飛行士の健康管理のためには居住環境内の微生物を継続的にモニタリングすることが必要であることを示しています。

宇宙での微生物検出と未来のシステム

宇宙環境は微生物に変異や地上と異なる遺伝子発現を引き起こし、その一部は病原性の増強につながることが報告されています。例えばサルモネラ菌は軌道上で約3倍の病原性を獲得し、菌の薬剤耐性は増加します。一方、宇宙では飛行士の免疫力が低下することが分かっているので、火星探査など超長期宇宙滞在における微生物の対策は急務となっています。現在、宇宙での微生物検出としては「培養法」がベースですが、時間がかかることや培地の違いによる差異が発生してしまうため、NASAではPCRというDNA増幅システムを用いて微生物を検出することを目標としています。2016年には軌道上で凍結大腸菌のDNA増幅に成功し、未処理のバクテリア細胞に対する遺伝子解析が5時間未満で完了できると結論づけました。さらに、今後はMiDASS(microbial detection in air system for space): 宇宙飛行士や地上監視者に宇宙居住区内の空気・水・食糧などの微生物に関する情報をリアルタイムで解析し提供するシステムや、OIS(Omics in Space): ゲノム(Genomics)やたんぱく質(Proteomics)などの生物データのすべてを集約し、宇宙居住における生理学的または免疫学的影響(例:老化、宇宙飛行士の健康、薬剤耐性の増強、病原性)を解析するシステムの構築を目指しています。

ISSの宇宙飛行士は微小重力・宇宙放射線、さらに閉鎖環境かつ長期的に入浴できないといった特殊なストレス環境で生活することにより免疫力の低下にさらされています。  宇宙滞在人数の増加や長期化に向けて、将来の宇宙居住施設内では食事・娯楽・プライベートエリアなど、人間が生活しやすくストレスの少ない環境の確保が求められています。しかし人間にとって快適な環境は微生物にとっても共存しやすく、また不特定多数のクルー、カーゴによりもたらされる微生物のコントロールは大きな課題となります。ひとたび微生物が飛散すると沈降せず浮遊時間が長いため、呼吸器や消化管からの感染の機会が増加したうえ閉鎖環境では居住者全員に伝播する可能性もあります。人間発展の歴史は、ある意味で病原性をもつ微生物、つまり感染症との闘いでもありました。医学の発達により地上では多くが制圧された感染症も、宇宙空間では未知の微生物が誕生して人類居住の難題となる可能性も否定できません。今後の宇宙居住に向けて、重要な研究分野の一つとなっています。

参考文献

  • 宇宙滞在による免疫機能低下の機構を解明-無重力環境が引き起こす胸腺の萎縮と人工重力による軽減-  理化学研究所 筑波大学 宇宙航空研究開発機構 東京大学
  • 免疫機能に対する宇宙滞在の影響  生体の科学 69(2): 147-151, 2018
  • 宇宙居住と微生物  生体の科学 69(2): 168-174, 2018
  • 宇宙旅行時代と閉鎖環境  宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 2016
  • 国際宇宙ステーションにおける感染防御  宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 2013
  • 国際宇宙ステーション船内における環境真菌とその変遷   宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 2013
  • 宇宙における微生物 ─微生物に関するこれまでの知見と未来─ 宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 2013

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
本業は脳神経外科医。日々の臨床に力を注ぐ一方、「宇宙の力で医療を変える」ことを目標に活動中。一般の方向けに、宇宙医学のわかりやすい解説と発信を目指している。

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