【宇宙でのヒトの身体の変化4】宇宙放射線の影響

こんにちは、外科医の後藤です。

今日は宇宙放射線のおはなし。人類が大気や磁場に守られた地球を飛び出し宇宙空間に到着すると、そこは高いエネルギーの宇宙放射線が飛び交う世界です。放射線は、がん治療など医療に利用される有益な一面とは対照的に、被ばくとして身体に悪影響を与える一面も持っています。

宇宙で人が暮らしていくため、宇宙放射線にどう対処していくかをご説明します。

宇宙放射線の種類と身体への影響

地球は巨大な磁石であり、南極がN極、北極がS極で、磁石のN極はS極(北)に引っ張られて北を指します。磁力線は地球を包むように南極から北極に向かい、「地球磁気圏」を形成します。これと地球の大気によって、宇宙放射線が直接地上に届くことはなく、地球の生物が守られているのです。宇宙空間に飛び交う放射線は、その起源から大きく以下の3つに分類されています。

  • 銀河放射線:超新星爆発により太陽系外から飛んでくる放射線
  • 太陽放射線:太陽表面爆発(フレア)などによる太陽からの放射線
  • 捕捉放射線:地球磁場にとらえられ地球周囲にとどまっている放射線

さらに放射線にはX線・γ(ガンマ)線などの「電磁波」と、陽子・中性子・電子・α線・重粒子などの「粒子線」といった実に様々な種類が存在し、それらが微小重力と複合しているのが宇宙空間の特徴と言えます。

宇宙飛行士が船内にいる場合、宇宙で一日に受ける放射線の量は1ミリシーベルト(mSV)。これは地上で胸部レントゲン3枚撮影した時の被ばく量に相当します。国際宇宙ステーションに一年滞在した時の被ばく量は地上の約100倍の300mSVで、船外活動では船内の約5倍の放射線量にさらされます。月面では大気がないため一年で約1SVを超えると予想され、火星探査に必要とされる往復と滞在の約2年半でも約1SVの被ばくが予想されています。

被ばく線量が多くなると、身体に有害な影響が起こり始めます。その代表ががんや白内障などですが、他にも以下のような影響が起こり得ます。                 放射線被ばく量と人体影響  出典:環境省ホームページ 

宇宙放射線で最も危険な「重粒子線」と、宇宙出発前の対策

宇宙空間では大気と磁場に守られている地上とは異なり、「重粒子線」という一粒子でも重篤なDNA切断を引きおこす線質を含めた多くの放射線が飛び交っています。重粒子線は宇宙空間における放射線の比率としては少ないですが、細胞内を通過した際に密度の高い傷跡を形成することが示されています。この重粒子線は地球上では癌に対する放射線治療に用いられるものですが、もちろんこの場合は腫瘍などの病変のみを狙って照射しているため問題にならないわけですから、もし全身に重粒子線を浴びたら大変なことになります。 重粒子線のDNA損傷を実験的に証明することは困難でしたが、最近の研究により「原子間力顕微鏡(AFM)」を用いてDNA損傷部位を可視化することができるようになり、さらにその損傷メカニズムを解明する研究が進められています。

宇宙放射線の飛跡に一致してDNAを損傷する「クラスター損傷」と、飛跡と離れた部位に損傷が起こる「孤立損傷」、さらに原子間顕微鏡を用いたそれらの解析が進められている            出展:宇宙に生きる ―宇宙からひも解く新たな生命制御機構の統合的理解―

 

重粒子線治療では、重粒子(炭素イオン)線を光速の約70%まで加速させて照射し、体の表面のダメージを最小限に抑えながら深部のがんに最大のダメージを与えることができる              出展:重粒子線治療ガイド 粒子線治療推進研究会

宇宙滞在では放射線被ばくを受けることが分かっているため、宇宙飛行士は出発前にこれまでの生涯被ばく量の検討を行います。具体的には、これまで飛行機に乗った時間や放射線被ばくする職業の場合(例:原子力発電施設職員、医療関係者など)は身に着けている放射線量測定フィルムバッジの記録から、おおよその生涯被ばく量を割り出すことができます。こうして計算した飛行士個々人のデータを把握しておき、船外活動など宇宙滞在ミッション時間の割り当てに生かすそうです。宇宙飛行士の身体を守るために大事な取り組みであり、近い将来月軌道宇宙旅行や宇宙空間での人類活動が増えてきたら、同様のプロセスが必要となると考えられます。

宇宙放射線による被爆影響について、マウスを用いた実験も以前から行われています。従来は高線量率放射線を短期間照射することによる影響を調査する研究が主でしたが、今後は火星への有人飛行など宇宙船内で低線量率の放射線に長期間さらされた場合は、どのような影響がでるのかについての研究が求められています。長期的な低線量率放射線照射によるマウスへの健康影響について、環境科学技術研究所のグループが細胞・個体レベルで胎児影響や子孫影響などを研究しています。これらがさらに進めば、ヒトの低線量率放射線への長期間照射の影響も明らかになってくるでしょう。

宇宙滞在中には、宇宙天気予報が必要

宇宙へ出発する前だけでなく宇宙滞在中も当然、いくつかの放射線対策がとられます。国際宇宙ステーションでは内外に放射線検出器が設置されており、宇宙放射線の種類や強さ・太陽活動の監視などを行い放射線が増える時には船外活動を中止し一時船内へ退避するなどの対応が行われます。また、宇宙放射線は人工衛星にも有害な影響を与え、最悪の場合には機能を失うこともあるため、GPSや防衛システムなど地上のインフラおよび国家の安全保障にも重大な影響を与えかねません。

これらへ対策としての宇宙放射線監視は言わば「宇宙天気予報」といってもよく、茨城大学のグループなどによる研究が進められています。地上での気象情報が様々な人類活動に大変重要であるのと同様に、人類が宇宙へフィールドを広げていくためには不可欠な技術となってくるでしょう。

太陽活動の監視による宇宙放射線増加の感知も、宇宙天気予報の重要な役割

 

宇宙空間で人類が直面する大きな問題の宇宙放射線。人類が活動フィールドを宇宙空間へ広げるために、日夜研究が進められています。

参考

  • 宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 2017
  • 宇宙医学 マキノ出版
  • 宇宙天気予報- NiCT
  • 宇宙に生きる―宇宙からひも解く新たな生命制御機構の統合的理解―

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
本業は脳神経外科医。日々の臨床に力を注ぐ一方、「宇宙の力で医療を変える」ことを目標に活動中。一般の方向けに、宇宙医学のわかりやすい解説と発信を目指している。

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