宇宙空間での手術

こんにちは、外科医の後藤です。

前回は宇宙での医療について説明しましたが、今回はその中でも宇宙空間での外科治療、すなわち「手術」についてです。

宇宙空間での手術とはどのようなものか、実現にはどんな課題があるのかについてお話します。

宇宙での手術を可能とするロボット技術

宇宙空間での手術を行う方法として、まず術者が宇宙で直接手術をするか、ロボット技術を用いて遠隔手術を行うかの2通りが考えられます。

宇宙での手術においては、患者および術者の固定、滅菌状態の確保、麻酔をどのように行うか、血液飛散による汚染や用具の消毒など様々な問題がありますが、ロボット手術についてまず説明したいと思います。

現在、実用化されているロボット手術といえば有名なDa Vinciですが、これは内視鏡カメラとロボットアームを用いて、離れた場所に座った術者が3D画面を見ながら操作を行うというものです。

さらに海外ではスペースシャトルや国際宇宙ステーション(International Space Station:ISS) で重量物の運搬や保守作業を行うためのロボットアーム技術から生まれた、MRI内で手術を行う世界初のロボット「ニューロアーム(neuroArm)」が登場しています。

ニューロアームは、カルガリー大学のガーネット・サザーランド博士のチームがマクドナルド・デトワイラー・アソシエイツ(MacDonald, Dettwiler and Associates Ltd; MDA)社と連携して開発した、MRIの高度な画像撮影機能と連動させた高精度の手術ロボットです。

このロボットにより2008年に21歳女性の脳腫瘍手術が遂行され、さらに他の方法では手術が困難と考えられる 35 名の患者にニューロアームを用いた手術の臨床試験が行われました。

MRIは磁場を発生する装置ですが、この内部で作業するロボットは完全に非磁性体で作られているためMRI の画像に影響を与えません。

さらに外科医がロボットを正確にコントロールし、手術中に何が起きているかを感じとるために、術者にアームを通して正確な触覚を伝える新たな方法を開発しました。

現在も術中MRIといい脳腫瘍手術中に隣室のMRIでの撮影を行って、腫瘍の正確な摘出範囲を確かめるということは行われていますが、MRI内で操作できるロボット技術を用いることはさらに一段階進んだ技術だと考えられます。

このロボットを開発したMDA社はさらに、「キッズアーム(KidsArm)」といい幼児や乳児手術のため、外科医が繊細な血管や腸をつなぎ合わせるために必要な高度リアルタイム撮像技術と組み合わせたロボット開発に小児病院と共同で取り組んだり、乳がんの早期発見とMRI 内での治療に使用する高度なプラットフォームの開発を行っています。

このように、宇宙開発のために作られたロボット技術が地上でのこれまでの手術レベルを上回る治療を可能にしているのです。

さらにこの方法が地上からの遠隔操作で宇宙で可能になるとすれば、専門医師が現場にいなくとも宇宙の傷病者を手術治療できるようになる可能性があります。

宇宙手術の実現構想、Trauma Pod

2018年6月19日に発表された論文 Surgery in space (Britsh journal of surgery)では、研究者たちが宇宙空間における外科手術の状況について考察を行っています。

実際に外科治療が必要となった際に宇宙で手術を行うため、NASAが研究開発を進めているのがTrauma pod(外傷用区間)と呼ばれる、ロボティクスによる全自動および半自動で手術処置を行う設備です。

このTrauma podにおいては宇宙での手術の課題とされている、無重力空間で球体となって漂う血液による汚染や、開腹手術などを行う場合に腸管などの臓器が飛び出し損傷が拡大すること、術野への菌の混入といった諸問題の克服を目指しており、解決策として術野の上方を加圧した空気や滅菌水などで密閉したシールドを作るという方法が考案されており、すでに実験にも成功しているようです。

Trauma podの想像図     出展:Surgery in space

宇宙での緊急手術の適応として、外傷に対する外科治療がまず考えられますが、地上の戦闘地域での傷病者治療の目的としても、アメリカ国防総省が2025年までの完成を目指しています。

戦地や宇宙といった過酷環境で手術を行うことには共通の課題が多くあると考えられ、紛争地域や大規模災害地などへの応用が望まれます。

宇宙で想定される手術疾患と問題点

先ほどのTrauma podはその名の通り、外傷を念頭においた処置システムですが宇宙ではそれ以外にどのような場面で緊急手術が求められるでしょうか。JAXAの有人宇宙開発に向けた宇宙医学/健康管理技術におけるギャップ一覧を参考にすると、外科治療(手術)を要する緊急疾患として例えば以下の疾患が想定されています。

  • 急性胆嚢炎・胆管炎・腹膜炎などの消化器疾患
  • 脳卒中などによる頭蓋内疾患
  • 心筋梗塞・大動脈解離などによる循環器疾患

本当に手術が必要なほど状態が悪い場合、ISSからだとソユーズを救命ボートとして地球まで数時間で帰還できるそうです。

しかし、これらの疾患で重篤な状態となっている患者をソユーズという激しく揺れる機体に乗せて大気圏突入させることは、手術まで絶対安静が必要な全身管理の観点からは極めて危険と考えざるを得ません。

また月面や火星飛行中といった短期帰還が不可能な状況も想定すると、宇宙空間での手術は現実的な選択肢となってきていると考えられます。

皮膚を大きく切開して行う手術のほかに外科治療として、脳動脈瘤や脳梗塞、心筋梗塞の治療などに用いられるカテーテル治療急性胆管炎に対する内視鏡を用いた胆管ドレナージなどの治療が求められる場面も想定されます。

これらは体への侵襲(傷つけること)が少なく出血を大きく抑えられるというメリットがありますが、直接術野を確認できず大型の画像機器を用いるというデメリットがあるため、現状では宇宙での利用は困難が予想されます。

コンパクトタイプの透視機器の開発や、ある程度の空間を確保できるのなら3Dプリンタなどを利用して宇宙で機器作成を行う選択肢が有用と考えられます。

2020年5月6日、中国が打ち上げに成功したロケット長征5Bには、全自動の3Dプリンタが搭載されていました。

宇宙での医療機器開発の活路を開くものとして利用され得るのか、今後も注目です。

急性期脳梗塞や心筋梗塞に用いられるカテーテル治療は、身体への侵襲が少なく出血量も軽減できるが大型機器を必要とする

宇宙での手術を成し遂げることは難題ですが、初の有人火星飛行やさらには宇宙での人類居住が開始されるよりも早く、手術が必要な事態への対策を講じていく必要があります。

地上ですでに確立した外科手術の原則を、宇宙という特殊環境で変化するヒトの身体にどう適合させていくかが重要と考えられ、宇宙での医療資源の充実や技術革新も同時に求められています。

参考文献

  • Surgery in space. Britsh journal of surgery, 2018
  • A hermetically sealed, fluid-filled surgical enclosure for microgravity.  Aviat Space Environ Med, 2013
  • 人類の健康  https://iss.jaxa.jp/kiboresults/benefits/pdf/benfit_2nd_01.pdf
  • 中国が軌道上で3Dプリンターの実験に成功し深宇宙探査にまた一歩前進【週刊宇宙ビジネスニュース 5/4〜5/10】 宙畑  https://sorabatake.jp/

投稿者プロフィール

後藤正幸
後藤正幸
「宇宙に、医療を」目標とする脳神経外科医。医療分野での宇宙ビジネス創出を目指して、日々活動中。最新の宇宙医学研究を、多くの人に分かりやすく伝える発信を行なっている。