宇宙に行くと、ヒトの身体はどう変化する?
こんにちは、外科医の後藤です。今回からいよいよ本格的に、医療x宇宙についての情報発信を開始していきます。まずは、宇宙空間でのヒトの身体の変化について解説します。
宇宙で地球と違うこと―無重力、宇宙放射線
まず、大前提として宇宙空間と地球上で決定的に何が違うのか?それは無重力環境と、大気がないことによる宇宙放射線の存在です。
宇宙ステーションは地上約400kmの高度にありますが、実はこの程度の高度なら地上と同じ重力を受けているのです。ではなぜ宇宙ステーションが地球に落ちてこないかというと、それはステーションが「地球に向かって落ち続けている」ことと、「秒速8kmの高速で前に進んでいる」ことが同時に起こっているためです。月には地球上の約1/6、火星には1/3の重力があります。厳密には「無重力」という表現は正しくなく、「微小重力」と言うのですが話を分かりやすくするために、ここでは「無重力」に統一してお話します。宇宙放射線の影響についてはまた次回以降に。
宇宙酔いが起こるメカニズム
宇宙空間では地球よりもはるかに重力が小さいため、地球上で生活するために進化してきたヒトの身体には様々な変化が起きます。まず、宇宙に行って最初に起きるのが「宇宙酔い」です。宇宙での乗り物酔いのようなもので、吐き気や頭痛、倦怠感などが前ぶれなく突然に起きるのです。早い人では宇宙空間に入って数分で出現し、通常3日から5日以内には症状が消失します。はじめての宇宙飛行で3人に2人が起きますが、2回目以降の宇宙飛行では少なくなるのが特徴です。無重力環境ではなぜ、このようなことが起きるのでしょうか?
宇宙酔いの原因
宇宙酔いの原因は次のように考えられています。私たちは普段、自分の身体の位置や動きの状態を、主に次の3つによって判断しています。
- 目からの視覚情報
- 耳の奥にある前庭器官からの情報
- 筋肉や腱からの深部感覚情報
地球上では、人はこれらの情報を脳で統合することで自らの姿勢を自然にコントロールしています。しかし、②は重力加速度を検知する器官であり、③は重力下で脚が地面に設置する角度や圧力などを感知しているため、重力があって初めて正確な情報となるのです。そのため、無重力では脳が混乱して宇宙酔いが起きると考えられているのです。
ただし、宇宙酔いの原因は完全には解明されておらずこれらは仮説に過ぎません。次回以降お話ししますが、無重力では体液が上半身にシフトして脳の圧力が高くなり、脳がむくむためにこのような症状が出るとも言われています。宇宙酔いは、このように様々な要素が組み合わさって起きていると考えられます。
地球で乗り物酔いしやすい人は、宇宙酔いしやすい?
では乗り物酔いしやすい人は、宇宙旅行に行けないのか?
乗り物酔いと宇宙酔いのしやすさは、必ずしも一致しないようです。地上で乗り物酔いしやすいけれど、宇宙酔いはしないという宇宙飛行士もいれば、その逆もいます。国際宇宙ステーションに滞在した古川聡宇宙飛行士はひどい宇宙酔いに苦しんだとの話ですが、金井宣茂宇宙飛行士は「予防薬を使ったり、頭に血がのぼるのを防ぐバンドを足に巻いたりと、さまざまな対策が進んでいるおかげでそれほどひどい宇宙酔いにはならなかった」とツイートしています。宇宙酔いは訓練で予防できるものではなく、治療としては地上で使用するめまい止めや吐き気止めで対応するようですが、これらも効く人と効かない人がいるようです。
宇宙空間での第一関門として待ち受けている宇宙酔い。これをクリアできれば、快適な宇宙飛行のスタートが切れるわけですね。
参考文献:宇宙医学入門 マキノ出版
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